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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 786

『タイガを通って 極東シホテ・アリニ山脈横断記』(アルセーニエフ著 田村俊介訳)

2020/02/27
アイコン画像    トラも精霊もシャーマンも登場する
ロシア探検家の最後の未知の旅

 ネット社会に生きる私たちは、「未知」なるものなどない、とどこかで思っています。ところが一方で、自分たち以外の文化や風習を知ろうとせず、●●人というだけで差別する人間もいます。しかし冷静に考えれば、明日のことは誰も知らず、一日とて同じ日はありません。実は私たちは常に「未知」の連続の中にいるのかもしれません。とするならば、私たちに必要なのは、「未知」のものを受け入れることでは?

 そんなことをつらつらと考えたのは、『タイガを通って』を紐解いたからです。著者は、〈生涯の大半を極東の探検旅行に過ごした〉(ジャパンナレッジ「ニッポニカ」)ロシアの探検家兼民俗学者アルセーニエフ(1872~1930)。以前当欄でも『デルスウ・ウザーラ』を取り上げました。その彼の最後の遠征行の記録が、本書なのです。

 踏破したのはシホテ・アリニ山脈。〈日本海の北東岸に沿って北東―南西に延びる〉ロシア東部の山脈で、〈2001年に世界遺産の自然遺産に登録〉(同前)されました。

 自然描写も見事なのですが、私がいちばん唸ったのは、シャーマンとの関係性です。


 〈黄昏が近づいた頃に、男たちは一頭の小ブタをさばき、その血を茶椀に受けた。女性はシャクナゲの葉をもぎって来て、それを火で乾かし、トゥシン〔インシの息子〕は曲がったナイフで乾いたヤナギの細長い幹から長い木片をけずり取った〉


 彼ら現地の人たちが何をしているのかといえば、「カムラーニエ」(交霊)の準備なのです。そして儀式の絶頂。


 〈彼(シャーマン)は次第に声を強め、カムラーニエの時に助けてくれる精霊「セヴォン」を自分の許に呼んでいた。(中略)シャーマンの声に鈴から聞こえるメタリックな囁くような音が合体した。時々、彼は身震いし、つま先立ちをし、そしてひざまずいた。顔には極度の緊張が漂っていた。彼は支離滅裂な言葉を発し、自分の精霊に嘆願し、自分を助けてくれるようにと祈った〉


 アルセーニエフはカムラーニエを克明に記します。かつ感想も疑問もはさまない。ただ、起こったことを受け止めているのです。アルセーニエフは、〈ソ連邦極東地方の自然のきびしさと美しさ,タイガに住む人々への愛情を描いた〉(同「世界大百科事典」)と評価されますが、「愛情」とは、未知なるものを否定せずに受け止めた、と言い換えられないでしょうか。私にはそう思えてなりません。



本を読む

『タイガを通って 極東シホテ・アリニ山脈横断記』(アルセーニエフ著 田村俊介訳)
今週のカルテ
ジャンル紀行/記録
時代・舞台1920年代のロシア沿海州
読後に一言という私は未知のウイルスに日々怯え、日々振り回されております。
効用長い間未踏だった極東を、意図をもって探検した初めての人物ではないでしょうか。「未知」で溢れています。
印象深い一節

名言
私の旅は終わった!(第11章、本書の最後の一行)
類書同著者の沿海州探検行『デルスウ・ウザーラ』(東洋文庫55)
ロシア人民俗学者の論集『月と不死』(東洋文庫185)
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