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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 358

『トルキスタンの再会』(エリノア・ラティモア著 原もと子訳)

2020/03/05
アイコン画像    アジア奥地を訪ねた
とんでもない新婚旅行とは!?

 一説には、日本で初めて新婚旅行をしたのは、坂本龍馬とおりょうだと言われているが、新婚旅行の行き先を、辺境の中国トリキスタン(新疆ウイグル自治区)にした夫婦がいると知ったら、さしもの龍馬も驚くに違いありません。しかもその理由が振るっています。


 〈この地域が住み馴れた世界からは空間としてだけでなく、時間としてもはるかに遠く隔たっているから〉


 このとんでもない新婚旅行を主導したのは、エリノア・ラティモアというアメリカ人女性。夫のオーウェン・ラティモアは、〈内陸アジア史研究の権威〉と称される、〈アメリカ生れの東洋学者〉(ジャパンナレッジ「世界大百科事典」)。夫のほうが有名人なのですが、エリノアはただの妻というわけではありません。二人で旅をすることを主張し、しかも『トルキスタンの再会』という本まで上梓してしまった、ものすごい女性なのです。いや「女性」と括るほうが失礼かもしれません。本書を読んで、私はひとりの人間として、深く尊敬しました。

 さて旅は3つの行程に分かれています。まずはモンゴル経由でトリキスタンに向かった夫に会うために、シベリア鉄道経由で向かうエリノアのひとり旅。携帯のある時代ならまだしも、手紙もままならない地で、どうやって出会うのか。しかも女性の一人旅。雪と粗末な宿。


 〈生きていることはすてきです〉


 という言葉が真に迫ります。

 次なる行程は、夫とのトルキスタン各地をめぐる旅。相変わらずの不自由さは続いていますが、エリノアにとっては楽しい思い出だったようで、こんな言葉を残しています。


 〈これからさき私たちの生涯のうちで、いまほど満ち足りてというか、いまほど自由に幸福に生きられる日が二度とふたたびあるかどうか、私にはわかりません〉


 最後は、山岳地帯を抜けて、インドへと至る旅です。


 〈三株(サンジュ)から蘇蓋提(スゲト)峠までの道程(みちのり)は、巨人(ガルガンチュア)の国のように不気味にそそり立つ山峡の間を旅するてんやわんやの数日でした〉


 この峠をくだったら旅も終わる、という瞬間。2人の行動が微笑ましいのです。


 〈私たち二人は、もうとてもいられないというぎりぎりの瞬間まで、そこを立ち去りかねて低徊していました。(中略)降りの一歩を踏み出すのがいかにも心残りでたまらなかったのです〉



本を読む

『トルキスタンの再会』(エリノア・ラティモア著 原もと子訳)
今週のカルテ
ジャンル紀行
時代・舞台1927年のロシア、モンゴル、中国、インド
読後に一言エリノアは先入観なく、現地の人と接します。エリノアのそうした姿勢が、きっと旅を実りの多いものにしたのでしょう。
効用1927年2月から9月までの8か月の旅が、エリノアの目を通して記されます。生き生きとしたアジア奥地の記録です。
印象深い一節

名言
エリノアは自由であった。独立していた。(東洋文庫版への序文)
類書英国人女性バードの紀行『中国奥地紀行(全2巻)』(東洋文庫706、708)
仏人女性のチベット探検『パリジェンヌのラサ旅行(全2巻)』(東洋文庫654、656)
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