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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 790

『子不語2』(袁枚著 手代木公助訳)

2020/03/19
アイコン画像    目に見えない恐怖を、
かつては「鬼」と名付けた

 悪徳官僚と並んで、中国の物語のお約束は「鬼」です。

 といっても、虎柄のパンツに角が生えた鬼じゃありません。あの姿は、〈仏教や陰陽道の悪鬼夜叉や羅刹などの影響〉(ジャパンナレッジ「ニッポニカ」)によるものです。本来は、〈死んだ人の霊魂がこの世に現れたもの〉(同「全文全訳古語辞典」)で、中国では特に〈祀られざる死者の霊を鬼(き)といい、この世をうろついて禍の原因となる〉(同「国史大辞典」)のだそうです。

 『子不語』には、うじゃうじゃ鬼が登場するのですが、そんな中からひとつ(「大善の人は嗅ぐべからず」)。


 〈浙江に不思議な五匹の鬼がいた。四匹はみな盲(めし)いで、ただ一匹だけが一眼をもっている〉


 疫病のある年、五匹の鬼は人の熟睡を待ちます。〈匂いを嗅ぐ〉ためです。本書注によれば〈鬼は酒食を摂取せずただ嗅ぐだけ〉だそうですが、この五匹の鬼は人間の生殺与奪を握っています。なぜなら〈一匹が嗅げば、その人は病気になり、五匹がみな嗅げばその人は死んでしまう〉からです。

 で、目の開いた鬼に先導され、五匹は嗅ぐために彷徨うのですが、嗅ごうとするたびに先導鬼からストップがかかります。この人は〈大善の人〉、こっちは〈非常に福のある人〉という理由で、〈嗅いじゃいかん〉となる。


 〈これは大悪人だ。なおさらいかん〉


 という台詞に唸りました。鬼も大悪人を遠巻きにするのです。聖書にも、〈悪に敵することなかれ〉(同「故事俗信ことわざ大辞典」)とありましたっけ。鬼も、〈悪を見ば忽ちに避けよ〉(同前)ということなのでしょう。

 じゃあ、誰を食べたらいいのか。答えがふるってます。


 〈こいつらは、善人でもなければ、悪人でもない。福(幸福)もなく禄(爵位と俸禄)もない。これを食わないでどうしよう〉


 福もなく禄もない、と言われると詰まります。地位も名誉も金もない、と言われているようなものだからです。しかしこういう凡人を鬼は食らうのです。

 食われた人は、突然死です。いわば、原因不明の死を、「鬼のせい」とした、ということです。例えば『子不語』が描かれた清代ならば、新型コロナウイルスも「鬼のしわざ」と言ったかもしれません。姿の見えない恐怖に、当時の人は鬼と名付けたのですから。

 私はこの時代の人々をバカにできません。鬼を恐れるが如く、私たちはウイルスを恐れているのですから。



本を読む

『子不語2』(袁枚著 手代木公助訳)
今週のカルテ
ジャンル文学
成立18世紀後半の中国(清代)
読後に一言注に「幽明は路を異にす」とありました。鬼の時間と人間の時間を分け、鬼に関わらないようにしたのです。端的に言えば、夜更かしせずに早く寝た、ということですね。私も鬼に会わないように、早寝を徹底するとしますか。
効用18世紀までの中国人が「信じていたもの」が見えてきます。
印象深い一節

名言
(洞穴で道路の工事中。突然現れた美女に目を奪われた多くの工夫は、これを追いかけた。枯れた工夫は心を動かさず、作業を続けていると、洞穴が崩落した)「人の色を好まざるべからざるは、それかくの如きかな」(186 好色の勧め)
類書中国・4世紀半ばの志怪小説『捜神記』(東洋文庫10)
明代の怪異小説集『剪燈新話』(東洋文庫48)
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