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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 792

『子不語3』(袁枚著 手代木公助訳)

2020/03/26
アイコン画像    試験に失敗したらどうする?
科挙に落ち続けた男の悲哀

 最近、『「過干渉」をやめたら子どもは伸びる』(小学館新書)という本に関わったこともあって、このところ、教育関係者と話をする機会が多かったのですが、そこで「先進国で高校受験があるのは日本だけだ」と聞いて、とても驚きました。しかも日本は大学受験も厳しいので、多くの日本人は二度の受験をクリアしなくてはならなのです。いや、入社試験を入れれば三度?

 各地で悲喜交々なこの季節、ボンヤリとそんなことを考えていたら、こんな物語にぶつかりました。『子不語3』の「鼎元も羨むに足らず」です。

 科挙の第一段階の試験を受けた荊(けい)という男の話です。ある時荊は夢を見ました。そこでは儀式が行われていて、小役人が冊を捧げ持っている。「冊」とは、平たく言えば、科挙の合格者名簿です。当然、自信満々の荊は、自分の名があると思っている。ところがどこを探してもない。

 小役人ではいかんともしがたく、王に聞くように勧められる。それではと王に尋ねると、一笑に付される。


 〈汝、何たる痴(し)れ者よ!〉


 王の理屈はこうです。科挙に通ったからといって名が残るわけではない。現に科挙に落ちた詩人のことを皆知ってるではないか。


 〈汝は帰って実学をこそ求めよ〉


 しかし荊は納得できません。当然です。科挙のためにがんばってきたのですから。王に食い下がります。


 〈科挙の中には実学はないのですか〉


 王は、〈文才ありてしかも文福あるものは(文才もあり科挙も受かった者は)、一代に数人に過ぎない〉と切って捨てます。で、そうした人間と荊とは、〈さして違いはないのだ〉と。


 それでも納得できない荊に、王がとどめを刺します。


 〈第(合格)と不第(不合格)とは区区たる一小事に過ぎず。第するも、なんぞ羨むに足らん〉


 受験に入社試験。たしかに落ちれば人生が終わりのような気になりますが、受かったからといってその後の成功が約束されているわけではありません。その逆もしかり。不合格は、決して不幸のパスポートではありません。

 王からダメ押しされた荊はどうなったでしょうか。


 〈荊は驚いて目が醒め、怏々(おうおう)として楽しまなかった。ついに終身及第しなかった〉


 目覚めた時に、「王の言う通りだよな」と笑い飛ばせるようでありたいなあ。



本を読む

『子不語3』(袁枚著 手代木公助訳)
今週のカルテ
ジャンル文学
成立18世紀後半の中国(清代)
読後に一言幸不幸は見方ひとつなんですかねぇ。それが難しいのですが。
効用驕ったらどうなるか。欲をかいたらどうなるか。「欲」をめぐる人間心理、人間模様を味わってください。
印象深い一節

名言
貧窮して鬼も見限る(「貧窮は鬼も見限る」)
類書明代の短編小説『今古奇観(全5巻)』(東洋文庫34ほか)
その制度の歴史と実態『科挙史』(東洋文庫470)
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