1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
欲にきり無し地獄に底無し 欲をめぐる痛快ストーリー |
〈当今ではペテンが横行し、それがますます巧妙になっている〉(「ペテン師」)
日本のことではありません。『子不語』の書かれた18世紀後半の中国(清代)でのことです。
これが人間の心理(欲)をついたペテンでしてね、「鮮やか」といったら語弊がありますが、唸りました。
南京の老翁が銭店(両替商)にやって来た。そこで一人の若者が、老翁に話しかける。老翁の息子から手紙と銀子を託されたという。老翁は、目がかすんで見えないからと、店主に手紙を託す。そこには〈銀十両を送ります〉とあった。老翁はその銀を銅銭に替えてほしいという。店主が銀を計ると、11両3銭あった。この店主は欲をかいて、銀10両分の銅銭を渡す。
とそこに第三の登場人物。さっきの老翁は〈にせ銀使い〉のペテン師だと、ひとりの客が店主に耳打ちする。驚いた店主が銀を調べると、確かに鉛だった。主人は客から老翁の居所を聞き出し、お礼に金3両を贈る。
老翁は酒場で酒盛りをしていた。店主は老人を引っつかむと、殴った。
〈よくも騙したな。銀メッキの鉛十両で俺から銅銭を九千もせしめやがって〉
老人は平然として、だったらその銀を見せろ、という。ここからの展開がすごいんですね。
〈こりゃ、わしの換えた銀じゃないぞ。わしのは十両だけ。だから銭九千になったのだ。見たところ、このにせ銀は十両以上ありそうだな〉
仲間たちが集まってきて、秤ではかる。すると11両3銭ある(当然ですね)。店主は反論に窮し、仲間からボコボコにされてジエンド。
これ、ようするに、最初の若者も、店主にご注進した客も、皆グルなのでしょう。で、11両3銭の銀を受け取った店主が、欲をかいて十両分の銅銭しか渡さないことを見越していた。結果として欲をかいたことで、〈まんまと老人の罠にかかった〉わけです。
〈欲にきり無し地獄に底無し〉、〈欲に耽(ふけ)る者は目見えず〉、〈欲の皮ほど深い川は無い〉(同「故事俗信ことわざ大辞典」)と欲を戒めたことわざには事欠きません。
一方で、〈欲を知らねば身が立たたぬ〉(同前)とも申します。欲とどうつきあうか。そのあたりの案配が難しいようで。
ジャンル | 文学 |
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成立 | 18世紀後半の中国(清代) |
読後に一言 | 何「情けは人のためならず」の意味が誤解されている世の中だからなあ。情けをかけあおうぜ、と独りごちる日々です。 |
効用 | 「欲」に関して、〈中国では古代から政治や生き方の問題と関連して取り上げられ〉(ジャパンナレッジ「ニッポニカ」)てきました。ゆえに『子不語』もシリーズ全体を通して、欲がらみの失敗談が多く掲載されています。ただしこれが説教臭くないのは、著者の袁枚自身が、欲望を肯定しているからでしょう。 |
印象深い一節 ・ 名言 | 「貨を好み色を好む」袁枚は「味」をも好んだ。言わば人間の三代欲望を肯定しこれを合理化した上に立って彼は行動し実践し議論した。(「訳者あとがき」) |
類書 | 唐代の小説『唐代伝奇集(全2巻)』(東洋文庫2、16) 中国古代戦国時代の説話集『中国古代寓話集』(東洋文庫109) |
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