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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 130

『天工開物』(宋應星撰、薮内清訳注)

2011/06/02
アイコン画像    技術は「人」ではなく「天」の発明? 中国明代の産業技術をつまびらかにする理系本。

 私がいうまでもなく、20世紀は科学技術の時代であった。衣服素材の合成繊維、遺伝子組み換え植物、原子力に宇宙探査。私たちが当たり前に享受している日常生活は、20世紀が生んだ技術によって支えられている。だってパソコンやケータイがない日々なんて、もう想像できないでしょ? 普及してから四半世紀も経っていないというのに。私なんぞは仕事柄、ネット検索を多用するが、検索しただけで仕事をした気になっている自分がいて、たまに唖然とする。技術を利用しているつもりが、いつのまにか、技術に服従している自分がいる。

 そんな私には、『天工開物』は非常に刺激的でした。

 本書は、中国は明の終わりの頃に書かれた、科学技術書である。当時の技術が余すところなく記されているのだが、著者の技術に対するスタンスに唸らされた。


 〈ところで世間には聡明で物知りの人々がおり、多くの人々から推称される。しかしこれらの人々は(中略)ふだんに使う鍋釜の製法もよく知らないくせに、昔あったというkyo110524_l.gif鼎(きょてい)をとやかく議論したりする〉


 まるで現代批評のようだ。今やネットによって誰もが〈聡明で物知り〉になれる。でも“実”がない。マニアな議論はできても、それは生きる力に直結しない(著者のこの態度に、私は反省することしきりでした……)。

 本書は、衣服や製塩、製紙など18の技術について書かれているのだが、それぞれの章の出だしが、これまた多くの含蓄を含んでいる。例えば「調製」(製粉)。


 〈私はこう思う。天は五穀を生じて民を育てている。その五穀のすぐれた部分は内側にあって、外には黄色い衣裳ともいうべきものがある〉


 だから製粉するということですな。


 〈杵や臼をつくった人は、必ずや天が仮に人間の姿をして現われたものにちがいない〉


 製粉技術の根幹をなす〈杵や臼〉。ここに着目するにとどまらず、作った人は〈天〉だとする。発明者への最大の賛辞がこめられているだけではない。技術=人間の知恵、というおごりとはまったく逆の精神がある。天への畏怖と技術への敬意が、一塊になっているのだ。

 こと「人間」だけを比べれば、本書が書かれた17世紀と21世紀の現在とでは、それほど差がないのではないか。むしろ技術の進歩におごり高ぶった分だけ、退行したような気がするのは、果たして私だけだろうか。

本を読む

『天工開物』(宋應星撰、薮内清訳注)
今週のカルテ
ジャンル技術
時代 ・ 舞台中国・明
読後に一言歴史的な興味も湧く、科学エッセイ、といったところ。
効用技術をどう捉え、どうつきあうか。そのことを考えさせられます。
印象深い一節

名言
私はこう思う。天道が昼夜を等分しているのに、人々は夜を日に継いで仕事をなしとげる。これは人が仕事を好み、安逸をにくむからであろうか。(十二 製油)
類書森羅万象を綴る明代の百科エッセイ『五雑組(全8巻)』(東洋文庫605ほか)
景徳鎮の陶業を伝える『景徳鎮陶録(全2巻)』(東洋文庫464、465)
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