1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
世知辛いイスラム社会を生き抜く男 悪漢ハジババの“図太さ力” |
知り合いの編集者から、「最近、街の本屋に人が戻っている」という話を聞きました。家に閉じこもりがちな日々を持て余し、「本でも読もうか」ということのようです。
ジャパンナレッジのヘビーユーザーの方々はご存じでしょうが、当サイトにも、「東洋文庫」に「新編 日本古典文学全集」、「文庫クセジュ」などなど、辞書以外の「読んで楽しめる」叢書がたくさんラインナップされています(あわせれば軽く1000を超えています)。この機会に、普段読まない作品を手に取ってみるのはいかがでしょうか。
だったら、とびきり面白い物語でしょ、ということで、今回紹介するのは、19世紀初めのイラン社会を舞台にした小説『ハジババの冒険』です。
〈イランの古都エスファハンの床屋の息子を主人公にし、その波瀾万丈の人生を生き生きと、明るく、面白く描いたピカレスク(悪漢小説)である〉とは訳者の弁。
著者は、ジェイムズ=モーリア(1780~1849)という〈イギリスの外交官〉で、〈初代イラン大使H.ジョーンズの秘書としてイランを訪問〉したのが、最初のイラン体験。都合6年にわたってイランに滞在し、〈滞在中の知見〉に基づいて本書を執筆しました。〈イラン人の人間性を揶揄したこの作品は,後にペルシア語に翻訳され,イラン近代文学の形成に寄与した〉(ジャパンナレッジ「世界大百科事典」「モーリア」の項)と評価されるほどで、イランでも本国イギリスでも評判を呼んだ作品です。
いやあ何と申しますか、今の私たちも何かと翻弄されておりますが、本書の主人公ハジババの巻き込まれ人生を目にすると、「自分たちはそこまでじゃないな」と思えてくるのです。旅に出れば盗賊に捕まり、挙げ句盗賊団に加わったかと思えば、自分の生まれ故郷を襲う羽目に陥る。職業も転々とします(ゆえにイスラム社会の風俗も活写されるのですが)。水売りに煙草売り(しかもインチキ)。講釈師になったかと思えば、医者に弟子入りし、さらには刑吏に。ジェットコースターのように上がったり下がったり、金を儲けたり取られたり、恋をしたり殴られたり。息つく暇もありません。
では何がハジババを支えていたのか。途中、行動を共にしていた行者(ダルヴィーシュ/托鉢僧)の言葉が象徴的でした。
〈(世渡りなど)図太さ一つさ〉
作品に通底する「したたかさ=生きる力」を、私も見倣いたいものです。
ジャンル | 文学 |
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舞台・刊行年 | イラン/1824年 |
読後に一言 | さあ、ハジババの運命はいかに。怒濤の後半(2巻)に続く。 |
効用 | 誇張されてはいますが、19世紀初めのイラン社会の様子がよくわかります。 |
印象深い一節 ・ 名言 | おれは自分をマジュヌーン、ゼイナブをライラにたとえ、太陽と月のある限り愛し合い、痩せ細り、炭のように強く燃え、二人の心をキャバーブ(焼き肉)にするんだと思っていたのに(第三十一話) |
類書 | 本書に度々登場する(名言参照)ペルシアの悲恋叙事詩『ライラとマジュヌーン』(東洋文庫394) 本書に度々登場するペルシアの抒情詩『ハーフィズ詩集』(東洋文庫299) |
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