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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアの古典・名著がズラリそろって、その数なんと850点余! 後世にぜひ引き継いでいきたい、まさにアジアの文化遺産なのです。

そんな珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、あなたを面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫
『宗教詩ビージャク インド中世民衆思想の精髄』(カビール著 橋本泰元訳注)

2020/04/30
   真実を見よ。真実を歩め。
インド宗教詩人の叫びが聞こえるか。

 私は本書を紐解いて、頭を抱えてしまった。


〈歩いて歩いて足がとても痛み出した。そこで疲れ果てた、とても偉い人も〉


 わかるようでわからない。


〈人は行く先々で自己を失う、多くの罠に捕えられて〉


 これはまだ意味があるように思えるが、さて。

 本書は、カビールという〈インドの宗教改革者〉の語録=詩句集である。彼は〈一介の織工として一生を送りながら,当時形成期にあった民衆の言葉ヒンディー語で民衆に訴えた〉(ジャパンナレッジ「岩波 世界人名大辞典」)。

「文庫クセジュ」の『インドの文学』(ルイ・ルヌー著 / 渡辺重朗・ 我妻和男訳)こうある。


〈(カビールは)ヒンドゥー教とイスラーム教を融合して偶像も宗教的儀礼もない一神教的特性の単一な信仰にすることを熱望した〉


 訴えるには「言葉」が必要だが、〈低階層に属するムスリムの織工の家〉(同「岩波 世界人名大辞典」)で育ったカビールは文盲で、言葉自体を否定していた節がある。


〈ことば、ことばと誰もが言う、それは身体のないことば。舌の上にのぼるものでもない、[それを]調べ見極めて摑め〉


 本書『宗教詩ビージャク』は、インドでは大変有名な詩集で、タゴールが絶賛したことでも知られているが、〈伝統に関心を払わず、聴衆がどう感じようとも気に留めることなく、自己の内面の確信を躊躇することなく言葉にした〉(本書解説)カビールの言葉は、真意を掴むのが非常に難しいのである。

 カビールの活動期については、14世紀末から15世紀半ばとする説と15世紀半ばから16世紀初めとする説があるが(訳者は前者を採る)、一歩引いて、15世紀から16世紀初めの世界を眺めてみよう。この時期は宗教が揺れ動いた時代だった。ローマ法王が魔女の存在を断定したのが1484年(魔女狩り)。蓮如が石山本願寺を建立したのが1496年。ルターの宗教改革は1517年に興り、その頃には陽明学が提唱されている。大航海時代=グローバル化の時代は、それまでの生活や考え方にも、大きな影響を与えた。そのひとつの動きが、一連の宗教改革とは言えまいか。

 カビールが織工として一生を終えたことは、注目に値する。彼は宗教を、平易な民衆の言葉で語り、生活の中に引き戻したのではないか。ならば、カビールの言葉は語句通り受け取らねばなるまい。


〈真実から真実へと歩む者が、どうして滅びようか〉



今週のカルテ

ジャンル詩歌/宗教
舞台・時代15世紀のインド
読後に一言カビールの言葉に何を見るか。自分が試されているような心持ちがしました。揺れ動く世界にあるからこそ、真実を求めんとする。では何が真実か。そこも試されています。
効用〈世間は狂っているとみえる〉。これがカビールの見立てでした。〈カビールの説く普遍的人間観は,近代の人道的改革主義にも大きな影響を与え〉(同「集英社世界文学大事典」)ることになります。
印象深い一節

名言
愚かな行為をする人間が爪先から頭まで鎧を着ている。射手に何ができようか、矢が彼に刺さらないのだから。(「サーキー」)
類書ヒンドゥーの聖典、叙事詩『ラーマーヤナ(全2巻)』(東洋文庫376、441)
本ヒンドゥーの根本文献『ヤージュニャヴァルキヤ法典』(東洋文庫698)
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