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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアの古典・名著がズラリそろって、その数なんと850点余! 後世にぜひ引き継いでいきたい、まさにアジアの文化遺産なのです。

そんな珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、あなたを面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫
『マカーマート1 中世アラブの語り物』(アル・ハリーリー著 堀内勝訳注)

2020/05/21
   東アジアでも欧米でもない地で誕生
“アラビア文学の至宝”とは。

 善か悪か。右か左か。敵か味方か。私たちは知らず知らずのうちに二項対立の罠に陥っている。パンダじゃあるまいし、すべてが白黒に分けられるはずもない。

 世界の捉え方もそうだ。日本と中韓。日本と欧米。ニュースはほとんどこれだけ。例えば世界の多くを占めるイスラム世界――二項対立の外側のことは、話題になかなか上がらない。二項対立の外側には何があるのか。その興味で本書を繙(ひもと)いた。

「マカーマ」とは、〈古典アラビア文学の一形式〉で、〈「集会」あるいは「座談」の意〉(ジャパンナレッジ「ニッポニカ」)。本書は説話集なので、マカーマの複数形『マカーマート』というわけだ。

 アラビア文学といえば、東洋文庫でもお馴染みの『アラビアン・ナイト』が有名だが、〈(『アラビアン・ナイト』は)アラブの知識人によって通俗文学として重んじられていないが、後者(『マカーマート』)は高く評価されて〉(同前)おり、『マカーマート』は、〈コーランに次ぐアラビア文学の至宝〉(同「世界文学大事典」「(アル・)ハリーリー」の項)というのだから、ただ事ではない。

「マカーマ」の意味は集会だと書いたが、人が集う場で何がなされているかといえば、実は「騙し」なのである。主役は、長老アブー・ザイド。あえて貧しい恰好をするなど、見た目から哀れを誘い、弁説でさらに心を動かす。


〈あなた方にとっては、肉を盛った大皿の方が、宗教書の紙葉よりも自分自身の欲を一層そそっているのです。仲間と冗談に興ずることの方が、『コーラン』を詠誦することより楽しいものと決めているのです〉


 辻説法でイスラム教に対する信心を問う。うまいやり方だ。後ろめたくなった聴衆は心を楽にしようと、長老アブー・ザイドにたんまり喜捨する。

 この物語の語り手である「私」は心の師を求めてさまよっている青年である。これは素晴らしい方だと、こっそりあとをつける。長老は洞窟へと入っていく。


〈白パンと炙った子山羊の肉が据えられ、その向こうには酒壺までが置いてあったのである〉


 ようは喜捨で贅沢三昧、というわけである。怒る青年に、長老は平然として詩を吟ずる。


〈我が説く説教は 魚にかける網に他ならず〉


 何とも矛盾をついた、痛快な話である。なるほど、結論自体、二項対立の外側である。



今週のカルテ

ジャンル説話/文学
時代・舞台12世紀のイラクとその頃のイスラム世界
読後に一言数回にわたって、「二項対立の外側」で遊んでみます。
効用本書は全50話の1話から14話まで収録。1話ごとに訳者の解説がついているので、わかりやすい。
印象深い一節

名言
私(語り手)はしきりと学問の場を求めて旅したい衝動にかられ、そうした場へ探求のラクダに乗って遠出したいと思った。(第二話 フルワーンのマカーマ)
類書アラブ世界の傑作通俗文学『アラビアン・ナイト(18巻+別巻1)』(東洋文庫71ほか)
同時代の日本の説話集『今昔物語集(全10巻)』(東洋文庫80ほか)
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