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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 785

『マカーマート3 中世アラブの語り物』(アル・ハリーリー著 堀内勝訳注)

2020/06/04
アイコン画像    住んでいる町を讃え合う
アラブ版のお国自慢合戦

 本書解説で初めて知ったのだが、〈アラブの知的世界の中にファダーイル論という分野〉があるそうだ。


 〈それぞれの都市や国を挙げ、その利点や長所を競い合うことを行なう〉


 端的にいえば「お国自慢」か。

 本書最終話五〇話を覗いてみよう(例によって、ペテン師・アブー・ザイドによるものなのだが……)。


 〈バスラ、ここには何と多くがあることか、詣でるべき聖廟、目指さるべきモスク、高名なる学術の学び舎(や)、参詣さるべき墓地、称えらるべき聖跡、囲われるべき聖域!〉(※訳者による押韻語の表記は省略)


 物語の舞台が、バスラという都市なので、バスラの誇るべき所を連想の赴くままに(しかも韻を踏みながら!)次々と挙げていく。

 ファダーイルについてもっと詳しく知ろうと、ジャパンナレッジで検索してみたが、なんと立項されていなかった。ようやく、全文検索で発見した。


 〈(中東の)地誌はイスラム世界に固有の学問領域として展開する。征服地に軍営都市(ミスル)を建設したアラブは,そこに区画割りをして部族や人種別の居住区(ヒタトkhiṭaṭ)としたが,この居住区を中心とする都市の発展の歴史を記すことから,地誌(ヒタト)の記述様式が生まれた。9世紀のイブン・アブド・アルハカムは《エジプト,マグリブ征服史》の中で,エジプトの魅力(ファダーイル)とカイロ南郊の旧都フスタートの発展ぶりを書き記し……〉(ジャパンナレッジ「世界大百科事典」「地誌」の項)


 かいつまんでいえば、〈都市の発展の歴史〉とその地域の人々の暮らし、誇りが重なるということである。

 本書が書かれた時期は、十字軍の真っ只中の時期にあたる(本書でも十字軍を「野ロバ」と蔑んでいる)。「他者」の侵入によって「自己」が揺らぎ、改めて「ファダーイル」によって誇りを取り戻す、と読めなくもない。ポイントは(下心があったにせよ)、アブー・ザイドという「よそ者」が讃えたことだ。

 現在、世界中がコロナ禍にあるが、「台湾(or韓国)はすごいね」と、押さえ込みに成功した国や地域を賞賛する声が世界中であがっている。「嫌●」「反●」などの言説に辟易としていた私にとって、非常に清々しかった。相手を褒めあうという現代版ファダーイルの可能性を感じた。まず相手を讃える。そして自分たちも負けじとがんばる。こういう競い合いなら、いくらあってもいい。



本を読む

『マカーマート3 中世アラブの語り物』(アル・ハリーリー著 堀内勝訳注)
今週のカルテ
ジャンル説話/文学
時代・舞台12世紀のイラクとその頃のイスラム世界
読後に一言最終話にあえて「ファダーイル」を持ってきたのではないか。
効用本書は全50話のうち、34話から50話まで収録。あけすけ過ぎて紹介できませんでしたが(※名言参照)、「性」や「セックス」について多くを割いているのも本書の特徴です。
印象深い一節

名言
あたしの鞘に対してあんたの抜き身をあたしが受け入れるとでもお思いかい?(第四〇話 タブリーズのマカーマ)
類書イラン中世の道徳書『薔薇園(グリスターン)』(東洋文庫12)
イラン中世の人気詩集『ハーフィズ詩集』(東洋文庫299)
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