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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 731

『長生殿 玄宗・楊貴妃の恋愛譚』(洪昇著 岩城秀夫訳)

2020/07/02
アイコン画像    年の差34歳の禁断の恋
老いらくの恋は身も国も滅ぼす

 〈昔も今も人の恋路に変わりなし〉


 とは、清代の大ヒット戯曲『長生殿』の最初の口上である。主人公は、楊貴妃と玄宗。唐代の史実(日本だと奈良時代)をもとにした一大ラブロマンスだ。

 あるシーンを紹介しよう。場所は長生殿。ここは〈離宮「華清宮(かせいきゅう)」の中にある宮殿〉(ジャパンナレッジ「全文全訳古語辞典」)だ。美女が七夕の日に、織姫と彦星に祈りを捧げている。

 それをこっそり覗いていたのが玄宗である。〈唐の第6代皇帝。在位712~756〉で〈「開元の治」とよばれる太平の世を築いた〉(同「デジタル大辞泉」)名君である。

「開元の治」は713年から741年の開元年間の政治のことをいうが、その終わり頃に現れたのが楊貴妃だ。

 〈初め玄宗の子寿王の妃。歌舞音曲に通じ、また聡明であったため、玄宗に召されて貴妃となり、寵を一身に集め、楊一族も登用され権勢を誇った〉(同前)

 そうなのだ。楊貴妃は玄宗の息子の妃だったのである。それを見初めて、我が物としたのが玄宗50代半ば。楊貴妃は20歳を過ぎた頃。玄宗は政を顧みず愛に没入した。

 玄宗60歳の時、楊貴妃は正式な妃となる。そんな最中、わざわざ〈情縁の長久ならんことを〉と織姫と彦星に祈る。当然、玄宗は訝って、楊貴妃を問い詰めるのだが、返答が振るっている。


 〈彦星と織姫は、ただ一年に一度の逢瀬でございますけれども、それは天地とともに尽きることがございません。しかし、陛下の妾へのご恩情はそのように長いものではあり得ませぬ〉


 くー、うまいなあ。惚れた女に涙ながらにこんなことを言われれば、そりゃあ愛は深まるよな。玄宗はこれを受け、楊貴妃に、永遠の愛をかたく誓うのだった。

 盲目の愛は得てして悲劇へと向かう。楊貴妃の縁者が権勢を振るい、それに反発した部下の反乱に遭い、楊貴妃は処刑、玄宗は幽閉される。二人の関係はわずか15年であった。

 クライマックス。玄宗は方士たちに命じて楊貴妃の魂を探させる。玄宗は月宮(月世界の宮殿)に赴き、楊貴妃と感動の再会を果たすのである。で、織姫に認められて〈天上の夫妻〉となって末永く暮らす。都合のいい結末だが、これが清代に大ウケしたのだから面白い。

 老いらくの恋ゆえの暴走か、それともこれが恋なのか。



本を読む

『長生殿 玄宗・楊貴妃の恋愛譚』(洪昇著 岩城秀夫訳)
今週のカルテ
ジャンル文学
成立17世紀後半の中国(清)
読後に一言〈好きになると欠点も長所に見えること〉を〈面面(めんめん)の楊貴妃〉(ジャパンナレッジ「故事俗信ことわざ大辞典」)というんだそうです。
効用現代語訳なので読みやすく、挿絵も興味をそそります。
印象深い一節

名言
人の世の男と女の/結ばれがたきを歎ずるは/まこと愛の情(こころ)の無きによる(「第一幕 口上」)
類書本書のもとになった白居易「長恨歌」を収録する『唐詩三百首1』(東洋文庫239)
中国の戯曲の評論『宋元戯曲考』(東洋文庫626)
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