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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 705

『大旅行記8』(イブン・バットゥータ著 イブン・ジュザイイ編 家島彦一訳注)

2020/07/16
アイコン画像    14世紀の大旅行家が驚く
繁栄する西アフリカの姿

 旅には必ず終わりがある。その「終わり」を見届けよう、というのが今回のお題。

 イスラム世界最大の旅行家と称されるイブン・バットゥータのラストトラベルは、サハラ砂漠越えのキャラバンの旅であった。


〈われわれはいつもキャラバン隊の先頭に立って進み、放牧地に相応しい場所を見つけると、そこで駝獣たちに草を食わせた〉


 目的地は現在のマリ。西アフリカの内陸に位置する国だ。

 実はこのマリ、〈19世紀後半以降,海を通じてのヨーロッパとの接触に重心が移ったことによって,外海に面していない内陸国マリの経済発展は停滞し,世界で最も開発の遅れた国の一つに転落した〉(ジャパンナレッジ「世界大百科事典」)のだが、バットゥータが訪れた14世紀のマリは、世界で最も栄えた地域のひとつだった。

〈主としてマリの領土となっているニジェール川上・中流域は、古くから北、西アフリカ交易の十字路で、この地域を中心に西アフリカ史上重要な大国が興亡した。(中略)13世紀から発展したマリ帝国は、西アフリカ一帯を支配して金、塩の交易で繁栄した。その栄華はヨーロッパにも知られ、トンブクトゥはイスラム教(イスラーム)と学術の中心地であった〉(同「ニッポニカ」)

 私たちは、現在の世界からものを見過ぎているのだろう。アフリカ=貧しい国、という刷り込みがあるが、かつてのアフリカは先進国だったと考えていい。

 たとえばこんな描写。


〈スルタンは、[通常は]宮殿の一隅にある扉から出て来るが、その時の彼は、一方の手に自分の弓を持ち、両肩に矢筒を[掛け]、頭には金の帯をきちっと結んだ黄金の小球帽(シャーシーヤ)を被っている〉


 スルタンとは、イスラム教国の君主のことである。見るからにきらびやかな衣装に威厳ある行動。バットゥータは人民が王に対し、〈卑俗な態度〉だと批判しているが、そう見えてしまうほど、権力絶大だったともいえる。

 解説によれば、この西アフリカ紀行は、マリーン朝(モロッコのベルベル系遊牧民の王朝)の君主の求めに応じた視察だったようである。繁栄していた国だからこそ、無視できなかったのだろう。

 私たちは、ヨーロッパから見た歴史、日本から見た歴史に毒されているが、西アフリカから世界を見たら、別のものが見えてくるかもしれない。



本を読む

『大旅行記8』(イブン・バットゥータ著 イブン・ジュザイイ編 家島彦一訳注)
今週のカルテ
ジャンル紀行
時代・舞台14世紀のアフリカ(モロッコ、アルジェリア、モーリタニア、マリなど)
読後に一言この時代に約30年旅行するとは!
効用14世紀の西アフリカを活写した数少ない資料です。
印象深い一節

名言
そこの住民はイスラム教徒で、〈イドリース〉という名前の王を戴いているが、その王は一般の人々の前に姿を現さず、人と会話を交わす際も、帳(とばり)の背後からしか[誰とも]話さない。(第二八章「サハラ砂漠を越えてスーダーン地方への旅」)
類書"すべてのはじまり『大旅行記1』(東洋文庫601)
マルコ・ポーロの紀行『東方見聞録(全2巻)』(東洋文庫158、183)
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