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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 758

『和歌職原鈔 付・版本 職原抄』(今西祐一郎校注)

2020/07/23
アイコン画像    水戸黄門はなぜ「黄門」なのか?
語呂合わせで覚える官名虎の巻

「鳴くよ(794)ウグイス平安京」

 日本人の半数以上がこの語呂合わせで平安京遷都を覚えているのではないか。なぜウグイスだったのかはさておき、これが七五調だったことは大きかった。

 例えば「春の七草」

 〈芹(せり) なづな 御行(おぎょう) はくべら 仏座(ほとけのざ) すずな すずしろ これぞ七種(ななくさ)〉(ジャパンナレッジ「ニッポニカ」)

 〈鎌倉時代の『河海抄(かかいしょう)』〉(同前)にある歌で、おぎょう→ごぎょう、はくべら→はこべら、と音が変わっているが、これまた七五調。「春の七草を言える」という人の大半はこの歌を覚えている(ちなみに「秋の七草」は、『万葉集』収録の山上憶良の歌がもと)。日本では古くから、和歌のリズムで物事を覚えてきたのだ。

 で、本書である。江戸時代に刊行された『和歌職原鈔』は、官職を和歌で覚えてしまおう、という画期的な本なのである。そんなもん、覚える必要ある? と疑問に思う向きもあろうが、本書の序を読めば氷解する。


 〈そもそも本朝の国史、家諜(かてう)及(をよび)律(りつ)、令、格、式等、代々(よよ)の勅撰集そのほか伊勢物語、源氏物語、清少納言が枕草子、兼好が徒然草のたぐひまで、先(まづ)彼(かの)官職の事を究知(きはめし)らずしては通暁(つうきやう)しがたき所あり〉


 例えば『源氏物語』には、主人公・光源氏の親友にして恋のライバル、頭中将なる人物が登場するが、実はこれ、官名なのである(「頭中将」とは近衛中将で、蔵人頭(とう)を兼ねる)。日本では実名(じつみょう)を口にすることが失礼に当たったので、長く官名で呼び合っていた。一例を挙げれば、織田信長は右大臣だったので、「信長様」ではなく「右府(うふ)様」と呼ばれていた。

 従って日本の文学には官名が溢れることになる。これがさっぱりわからない。ならばアンチョコがいるよね? ということでできたのが、語呂合わせ和歌+解説、という体裁の本書なのだ。

 もうひとつ例を挙げよう。水戸黄門、これも誰もが知る人物だが、では「黄門」とは?

 〈大納言。唐名は亜相。中納言。黄門なれば。参議相公〉

 「中納言」の「唐名(からな)」(中国風の呼び名)なのであった。医師を「ドクター」と気取って呼ぶようなものである。

 必殺仕事人シリーズの中村主水の「主水」も官名(の略称)なら、時代小説でお馴染みの玄蕃や左衛門も官名(の略称)。本書を読めば、古典にとどまらず時代小説の面白味が増すこと請け合いである。



本を読む

『和歌職原鈔 付・版本 職原抄』(今西祐一郎校注)
今週のカルテ
ジャンル実用/詩歌
時代・舞台17世紀の日本
読後に一言そう考えると、テレビの『水戸黄門』の最後の決め台詞、「さきの副将軍、水戸光圀公であらせられるぞ」はおかしい。実名を言うなら徳川光圀だし、光圀の名を晒すのも失礼だよな。
効用『枕草子』『源氏物語』を読み進める味方となります。
印象深い一節

名言
中務(なかづかさ)。式部(しきぶ)民部(みんぶ)に。治部(ぢぶ)兵部(ひやうぶ)。刑部(ぎやうぶ)大蔵(おほくら)。宮内(くない)八省。(「四部配当和歌集」)
類書武家のしきたり(有職故実)の古典『貞丈雑記(全4巻)』(東洋文庫444ほか)
江戸の絵入り職業事典『人倫訓蒙図彙』(東洋文庫519)
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