1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
三蔵法師が「般若心境」を持ち帰った インドへの求法の旅 |
偶然つけたテレビで、みうらじゅんの講演を丸々放送していた。その中で「アウトドア般若心経」が紹介されていた。「般若心経」278文字を看板から一文字ずつ探して写真に収める、というトンデモないもので、ナルホドの目の付け所である。
この「般若心経」、元は、〈膨大な般若経の内容を簡潔に表した経典〉(ジャパンナレッジ「デジタル大辞泉」)である。サンスクリットの原典→漢訳「大般若経」600巻→漢訳「般若心経」(仏説摩訶般若波羅蜜多心経)278文字、というプロセスの超訳であるともいえる。
では誰が訳したのか。
それがかの玄奘(げんじょう/602~664)なのである。〈後年、明代の長編小説「西遊記」の登場人物のモデルとなった〉(同前)、あの三蔵法師のことである。
もちろん、孫悟空をお供にしたわけではないが、インドへ求法の旅に向かったのは事実である。20年弱におよぶ旅で玄奘は多くの仏典を持ち帰り、帰国後、〈訳業は千巻〉(同前)におよんだという(ここで「般若心経」に繋がる)。そして、この旅を記したのが、本書『大唐西域記』なのである。中身を覗いてみよう。
〈健駄邏(ガンダーラ)国は東西千余里、南北八百余里あり、東は信度(インダス)河に臨んでいる。(中略)邑里(むらさと)は荒れはて、住人は稀(まれ)で、宮城の一隅に千余戸あるだけである〉(大唐西域記1)
〈城(劫比羅伐窣堵国のカピラ城)の東北四十余里に窣堵波がある。太子(釈迦)が樹陰に坐り田を耕すのを見られた所である。ここで坐禅をして欲を離れることができた〉(同2)
本書は紀行のひとつで、〈各国の境域・地理・王城・物産・気候・言語文字・風俗気質・宗教・伝説など〉(同「世界文学大事典」)を叙述するが、どちらかというと地誌の色合いが濃い。そしてこれが、〈考古歴史学にとってはこの時代唯一の体系的文献史料であり,豊富な説話伝承の文学史的資料を含む記録文学として,また宗教史・言語史・東西交通史の重要文献として高い価値を有している〉(同前)と高評価なのである。
玄奘の視点は常に冷静で、対象との距離感が保たれている。驚いたり、揺れ動いたりしない。なるほど、この境地こそ「色即是空 空即是色」かしらんと、妙に納得したのであった。
ジャンル | 紀行/宗教 |
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時代・舞台 | 7世紀前半/中国、キルギス、カザフスタン、ウズベキスタン、タジキスタン、アフガニスタン、パキスタン、ネパール、バングラデシュ、インドなど |
読後に一言 | 三蔵法師がいなければ、写経も「アウトドア般若心経」も「空(くう)」なのです。 |
効用 | 7世紀のアジアの様子がよくわかります。 |
印象深い一節 ・ 名言 | 自然、遊歴する場所のままにその梗概(こうがい)を略記し、見聞を列挙して王化を慕う国々を記述したまでであります。(大唐西域記3「跋」) |
類書 | 6世紀の中国・洛陽の地誌『洛陽伽藍記』(東洋文庫517) こ仏教徒とギリシャ人との対話を綴った仏典『ミリンダ王の問い(全3巻)』(東洋文庫7ほか) |
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