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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 391

『南洋探検実記』(鈴木経勲著 森久男解説)

2020/08/13
アイコン画像    明治時代のマーシャル諸島探検
日本人は“南”を目指した

 この7月、北海道白老町に、国立アイヌ民族博物館を中核とした「ウポポイ(民族共生象徴空間)」が誕生した。さまざまな批判もあるが、これらが「日本は単一民族国家だ」という誤った考えを改める契機になってほしい。

 確認すべきは、明治政府によって蝦夷地が北海道と改称され(植民地化され)、アイヌは、〈日本人への同化を強制されるいっぽうで,公的に〈旧土人〉として差別され,先住権は無視され土地私有の権利もなかった〉(ジャパンナレッジ「世界大百科事典」)ということである。

 この時期、世界中が植民地熱に取り憑かれていた。琉球=沖縄を正式に支配下に置き、北海道を植民地化した日本が、さらに海の向こうに目を向けるのは、時代の必然だった。この時、唱えられたのが「南進論」だ。南進論とは、〈南洋を日本の利益圏域として捉え、南洋への進出を正当化する外交イデオロギー〉のことで、〈明治二十年(一八八七)前後ににわかに噴出する〉(同「国史大辞典」)。

〈この時期の代表的な「南進論」〉(同前)の1冊こそ、本書『南洋探検実記』(1892年刊)である。

 本書の背景にはもうひとつ、海洋ロマンが潜んでいる。例えば、スチーブンソンの小説『宝島』。海賊フリントの財宝をめぐる冒険小説だが、刊行されたのは1883年。同じく、ピーター・パンの宿敵といえば海賊フック船長だが、『ピーター・パン』の童話劇の初演は1904年。いわゆる「カリブの海賊」は、大航海時代、植民地の膨大な利益をかすめ取るべく勢力を拡大した。海賊はいわば植民地主義と表裏一体だったのである。海洋のロマン、植民地=富=海賊が一方で小説と結実し、一方で日本では遅れた植民地主義として「南進論」と結びついた。

 こうした背景を無視すれば、マーシャル諸島やフィジーの紀行である本書は、好奇心に満ちた南洋レポートとも言える。『宝島』同様、筆致はロマンに溢れている。読み物として十二分に楽しめる。


 〈夜半土人漁獲し得たる大蟹を持ち来たり、焚火の中央に投じ、 炙焼して余輩に薦む。その味はなはだ佳味なれば……〉


 と、まるで『ONE PIECE』の一コマのようだ。

 しかし視線はやはり、文明人=日本人、現地人=遅れた土人、という「上から目線」である。

「南進論」は、やがて太平洋戦争のイデオロギーになっていく。「俺たちが解放・教化してやるんだ」という上から目線が、物事のおかしさを覆い隠してしまったのだ。



本を読む

『南洋探検実記』(鈴木経勲著 森久男解説)
今週のカルテ
ジャンル紀行/民俗学
時代・舞台19世紀のマーシャル諸島、ハワイ(アメリカ)、フィジー、サモア
読後に一言この時期になると、どうしても先の大戦を思い起こしてしまうのです。あの時も、一般大衆が戦争を煽ったのでした。
効用民俗学の観点からみると、非常に貴重な資料です。
印象深い一節

名言
(外務省からマーシャル諸島の探検を命じられ)探検の成否いまだ期すべからず。たゞ命を天運に任せ身を犠牲に供するあるのみ。(「マーシャル群島に渡航の命を拝す」)
類書明治時代の沖縄調査記録『南嶋探験(全2巻)』(東洋文庫411、428)
幕末の漂流記『蕃談』(東洋文庫39)
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