1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
K-POPや冬ソナの原点はここにアリ?! 朝鮮で愛されてきた伝統的演唱芸能、パンソリ。 |
このところ「YouTube」で主張する、というのが一般的になってきているけれど、あそこって実は、伝統芸能の宝庫じゃないか、と個人的には思っている。アーカイブという性質上、「過去」に強いのだ。私が琵琶に衝撃を受けたのも実はYouTubeだし、津軽三味線に聴き惚れたのもここ。さて、ほかになにか面白い「伝統」はないものかと探しているうちに、お隣の国にたどり着いた。「パンソリ」である。
〈歌い手と太鼓(プク)を打つ鼓手の2人だけで演じる朝鮮の伝統的な口承芸。パンは場、ソリは音の意で、敷物1枚の上で喜怒哀楽や自然の音を劇的に歌い上げる〉
〈日本の義太夫に似ている〉(ジャパンナレッジ「世界文学大事典」)という指摘もあるが、実際聴いてみると、場を飲み込んでしまうような迫力がある。能などの持つ、幽玄さとは違った、もっとストレートな情念の表現だ。
ではそれを文字で読むと? 東洋文庫『パンソリ』の出番である。「朴打令(ノルボとフンボ)」より。
〈人ごとに五臓六腑は有るなれど、ノルボは五臓七腑にて、心思腑(いじわるのふ)がもう一つ、左の肋骨(あばら)の下側に、兵符袋を吊るせるごとく、外見(そとみ)にも分かるほどにぶら下がり、性の悪さは言わんかたなし〉
兄ノルボと弟フンボ。「いじわるのふ」のある兄はケチで意地悪という典型的な悪人で、弟は正直で親切とこれまた典型的。当然ながら兄は弟夫婦を追い出し、貧乏のどん底に陥ったフンボは、一羽のツバメを助けたことから人生が好転し……という昔話のよくあるパターン。「こぶとりじいさん」や「花咲じじい」と同じく、ノルボは弟を羨み、真似をするが……。
訳し方もうまいのだが、文章はまるで歌を聴いているようなリズム。中身は「水戸黄門」なみのわかりやすさで、収録作の「春香歌」なんて冬ソナと見まがうラブストーリーだ。作品が完成したのは19世紀後半。李氏朝鮮のひずみが、弱者の逆転劇という痛快ストーリーに結びついた、といったら言い過ぎか。
それが悲しみであれ、憤りであれ、一種のユーモアであれ、パンソリの中には、「叫び」があった。一度ぐっとため込まなければ、決して出てこぬ心からの叫び。私がYouTubeでパンソリに触れて受けた迫力は、これだったかとひとり合点がいった。
ジャンル | 芸能/文学 |
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時代 ・ 舞台 | 朝鮮 李氏朝鮮時代 |
読後に一言 | 韓国や北朝鮮の「強さ」の根源を、垣間見た気がしました。 |
効用 | (1)純粋な物語世界にドップリひたれます。 (2)朝鮮文化への興味が増します。 |
印象深い一節 ・ 名言 | この打令(うた)を作りましたれば、後世の人びと、お手本になされませ。トンジトン(「春香歌」より) |
類書 | 1800年代末、ロシア人による朝鮮踏査報告『朝鮮旅行記』(東洋文庫547) 日本の昔話『日本お伽集(全2巻)』(東洋文庫220、233) |
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(2024年5月時点)