1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
夕食はカレーの一択!? 100年以上前の東アジアを旅する |
世の中には、筆者や編者の「執念」をビビッと感じるような本がある。
例えば本書『イザベラ・バード 極東の旅』がそうだ。イギリスの女性冒険家イザベラ・バードが生前発表した論文や記事、写真を、本書の編訳者はくまなく集め、上下巻2冊の本にしてしまった。前回紹介した1巻目が写真中心の本だとすると。2巻は散文集といえばいいか。
ところがただの散文ではない。言葉の端々に、バードその人が立ち現れてくるのである。
特に読み物として面白かったのは、「旅の秘訣」だ。いわゆる一問一答型式のインタビューである。いくつかピックアップしてみよう。
Q.旅の装備は?
A.〈私は、なくてもすみそうなものは何も持っていかないことを大「原則」にしています。半文明世界を長年にわたって旅する経験を通して、旅で必要なものの多くはどの国でも入手できると思ってよいと考えるようになったのです〉
Q.旅に適したトランクやケースは?
A.〈使用に適する容物(いれもの)は旅する国によって異なりますが、できる限りは現地で使われているものをお勧めします〉
何事も現地調達が基本ということである。
Q.食事は?
A.〈夕食はカレーと決まっていて、これにはいつも食欲をそそられます。カレー粉と若干のカイエンヌ・ペパーは旅の出発地点ですでに用意していますが、カレーの具にする鶏肉や卵・魚は普通は[途中で]調達できます。現地で採れる根菜類は絶対に食べません。その栽培方法がしばしばたいへんいかがわしいからです〉
バードも従者も、風土病に罹ったことがなく、道中、発熱もしなかったというから大したものである。
ふるっていたのは、宣教師への物言い。〈宣教師の皆さんはあまりにも凝った旅支度をしすぎ〉と手厳しい。
〈彼ら(宣教師)がもし住んでいる国のやり方を少しでも採用したり、現地の人々から少しでも学びさえするなら、もっと健康的で益することの多い暮らしができ、しかも出費も最小限に抑えられるでしょうに〉
「郷に入っては郷に従う」を実践していたのがバードであった。150cmほどの小柄な女性だったそうだが、肝はとてつもなく大きかったのである。
ジャンル | 紀行 |
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時代・舞台 | 19世紀末の日本、中国、朝鮮 |
読後に一言 | バードは一貫して、キリスト教をアジアに広めたい、という願いを抱いている。通常はそういった場合、異教徒=アジア人を下に見るのだが、バードはギリギリ踏み留まっている。知性のなせるわざか。 |
効用 | 19世紀末、日本を含む東アジアがヨーロッパからどう見られていたのか。非常によくわかります。 |
印象深い一節 ・ 名言 | アジア大陸は全域が堕落しています。アジアは蛮行、拷問、残虐刑、抑圧、そして役人の汚職の舞台となっています。(「キリスト教伝道活動をめぐって」) |
類書 | 19世紀半ばのシーボルトの紀行『ジーボルト最後の日本旅行』(東洋文庫398) 英国人サトウの紀行『日本旅行日記(全2巻)』(東洋文庫544、550) |
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