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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 749

『ペルシア王スレイマーンの戴冠』(J・シャルダン著 岡田直次訳注)

2020/09/10
アイコン画像    権力の移り変わりに何が起こる!?
17世紀後半のイランの王交代劇

 日本では永遠に続くかと思われた時代が、ようやく終わりを告げる。変化は何をもたらすのか。残念ながら今以上の閉塞感をもたらさないとも限らない(いや、下馬評が確かならば、おそらく今より酷くなるだろう)。

 権力の移行期に何が起こるのか。

 時も場所も違えども、まさに「権力の移行」をレポートした面白い本を見つけた。それが『ペルシア王スレイマーンの戴冠』である。著者のシャルダン(1643~1713)は〈フランスの旅行家〉で、〈ペルシア,インドに旅行し [1664-70,71-77] ,宝石商として富をなした〉(ジャパンナレッジ「岩波 世界人名大辞典」)人物だ。『ペルシア見聞記』(東洋文庫621)の作者でもある。

 原著者はペルシアの宮廷史家で、本書はシャルダンが意見を織り交ぜつつ仏語に訳したものに過ぎないが、であるがゆえに一層、臨場感のある報告となっている。

 時は1666年。日本は4代徳川家綱の時代だ。当時、ペルシア(現在のイラン)を支配していたサファビー朝のアッバース2世が逝去する。さあどうするか。残されたのは青年に達していた長子サフィーとまだ幼い弟のハムゼ。宰相をはじめとした首脳陣は密室での鳩首協議である。先王に疎んじられていた長男に跡を継がせることに異論はあったものの、新しく王に選ばれたのは先例通りサフィーだった。サファビー朝8代、サフィー2世の誕生である。

 興味深かったのは人々の反応だ。高官や外国の要人、いわゆる上級国民は色めき立った。地位や権益に恋々としていたからだ。だが大衆は淡々としていた。なぜか。


 〈彼らペルシア人は王の若年と無能ゆえに悩み苦しむであろうことをも知っていたのである〉


 何という諦観か。だがこの諦めは現実となる。

 新王の健康は日に日に衰えていった。


 〈というのも、若い王は酒と女性に過度に耽っていたのだから、健康でいられるわけがない。(中略)王はいつも病気で顔は窶(やつ)れ、肉体の虚弱は精神力にもあらわれて、王という地位に求められる職責を彼は果たすことができなくなっていた〉


 悪政で物価は高騰し、無駄遣いで国庫はカラ。新王が講じたことは、縁起が悪いからとサフィー2世からスレイマーンと名を変えたことだけ。サファビー朝はこのあと急速に衰退、〈1736年にアフガン族に滅ぼされ〉(同「デジタル大辞泉」)てしまうのであった。



本を読む

『ペルシア王スレイマーンの戴冠』(J・シャルダン著 岡田直次訳注)
今週のカルテ
ジャンル記録/政治・経済
時代・舞台17世紀後半のイラン
読後に一言冬来りなば春遠からじ、の心境で過ごすとします。数年前から続く長い長い冬です。
効用これほど詳細に、ひとつの国の権力の移り変わりをレポートした本がいまだかってあっただろうか。
印象深い一節

名言
ある国に滞在したことがあると自慢して、さてその国で行なわれている種々様々を忠実に記録したと広言する著作家たちは(中略)実見証人として語りながら、千もの嘘をついて、読者の信じこみやすいところに大胆につけこんでいる。(第二章「戴冠式」)
類書19世紀末のペルシア王女の回想『ペルシア王宮物語』(東洋文庫 644)
イランの民俗世界を描きだす2大古典を収載『ペルシア民俗誌』(東洋文庫647)
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