1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
“韓国の山頭火”と称される詩人の 魂の叫びをあなたは受け止められるか |
漂泊の詩人に憧れるのはなぜか。ひょいと日常の枠外へ踏み出しているように見えるからか。
韓国に、山頭火(by崔碩義)や良寛(by堀切実)に比せられる、とんでもない漂白詩人がいる。〈笠(サッカ)をかぶり全国を流浪したので金(キム)サッカとよばれる〉(ジャパンナレッジ「ニッポニカ」)、19世紀の詩人・金炳淵(キムビョンヨン/1807~63)だ。
説明するのももどかしい。実物をご覧あれ。
〈昨年九月過九月
今年九月過九月
年年九月過九月
九月山光長九月〉
「九月山峰」という漢詩である。九月山に昨年9月に行った。今年も行った。毎年九月山に登るが、9月の景色が最も良い。こんな人を食った詩である。ところが不思議と、九月山の素晴らしさがズンと伝わってくるのである。
同じ漢字を言葉遊びのように繰り返すのは金笠の手法で、中には韓国語の音で読むと卑猥な意味になる、という手の込んだ作品もある。漢詩で遊び放題なのだ。
金笠の生涯は謎も多いが、地方官であった祖父が処刑された事件が要因となって、家族を捨て放浪の旅に出たと言われている。宴会があればそこで詩を読み、葬式があればやはり詩を読んだ。そうやって食うや食わずの生活――いってみれば旅に生きたのだ。
金笠は、皮肉や機知、そしてエログロを繰り出す。
〈父(おとこ)がその上を吸い婦(おんな)はその下を吸う/上下はちがうがその味は同じ〉
〈南山の一番高いところに登って糞を放つと/みやこのおびただしい家々がその香ばしい臭いで震えた〉
あー、説明はいりませんな。
かと思うと、こんな美しい詩も(「雪景」)。
〈飛来片片三月蝶(飛び交う雪の花びらは三月の蝶のよう)/踏去声声六月蛙(踏んで歩くと六月の蛙の鳴き声がする)/寒将不去多言雪(こんなに寒くてはとても帰れないと雪のせいにして)/酔或以留更進杯(酒に酔っては腰を落ちつけ更に杯を進める〉
悲哀も欲望も、嫉妬も後悔も、批判も自虐も、すべてを一緒くたにして、「言葉」として吐き出す。
金笠は57歳の時、路傍で死んだという。
〈帰るのも難しく、さりとて立ちどまるのも難しい
どれほどの日を路傍にてさすらうことだろう〉
ジャンル | 詩歌 |
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時代・舞台 | 19世紀半ばの韓国(李朝末期 |
読後に一言 | 金笠の詩には諧謔があります。3日メシを食わずとも笑える。そのことに、何かガツンとやられるのです。 |
効用 | 本邦初・唯一の訳詩集です |
印象深い一節 ・ 名言 | わらぐつと竹杖で千里の道を放浪し/行く雲と流れる水の心で、いたるところをわが家としてきた(十二 科詩(長詩)) |
類書 | 漢詩集『良寛詩集』(東洋文庫757) 李朝時代の朝鮮の歳時風俗『朝鮮歳時記』(東洋文庫193) |
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