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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 766|769

『中国とインドの諸情報1、2』(家島彦一訳注)

2020/10/15
アイコン画像    イスラム商人たちが仰天した
1000年前の中国とインドの姿

 正直に言いますが、「グローバリズム」が嫌いです。当欄でもたびたび口にしていますけど、こんな空っぽの「イズム」(主義)はありません。境界をなくすといったって、多国籍企業が商取引しやすいよう、ひとつのルール、ひとつの言語に集約する、というだけです。ではそこからあぶれたものは? 例えば世界で20億を超える人が中国語、スペイン語、英語の3言語に集中し、その他の言語の多くは、徐々に消え始めているのです! 言葉が消えるということは、文化や歴史が消滅するということです。それとも消えるのが日本語以外ならいいとでも?

 言い方を換えましょう。グローバル化のために規制緩和などせずとも、昔っから世界は繋がっていたのです。

 例えば『中国とインドの諸情報』。第一巻は800年代半ば、第二巻は900年代初頭にアラビア語で書かれたもので、イスラム商人たちが見聞きした中国(唐)とインドの様子が紹介されています。このことが物語ることはなんでしょうか。そうです、イスラム商人がこの時期にすでに、彼の国々と商取引をしていたということです。

 例えば、イスラム商人たちはこんなことに驚きました。


 〈(中国人は)排便をしても水で汚れを落とすのではなく、中国の紙でそれを拭き取る[だけである]〉


 驚いたのには2つの理由がありました。


 〈イスラーム教では、人は大小便の後は小汚の状態になり、礼拝のための浄め(ウドゥーゥ)が必要となる〉


 わかりやすくいえば、水で洗う必要があったから。


 もうひとつは、紙が高価だったから。


 〈九世紀のバクダードの市場では紙が売られており、また紙漉きの技術も伝わっていたが、当時、紙はまだ極めて貴重品であった〉


 違いに驚く。言い換えれば彼我の文化の「差異」に気づいた、ということです。差異があるから「なぜ?」と考える。思考の始まりです。異物を排除した集団は、思考そのものをしなくなります(今の日本のように!)。

 本書を読んでいて興味深いのは、イスラム商人たちがとにかく驚いていることです。だからこそ、本書は書かれたといえるのかもしれません。差異が、こうした本まで誕生させてしまったのです。

 本書には、イスラム商人の目から見た9~10世紀の中国、インドがあります。これによって当時のイスラム世界も浮かび上がります。ではこの時期の日本は? こうやって「差異」が知性と好奇心を広げていくのです。



本を読む

『中国とインドの諸情報1、2』(家島彦一訳注)
今週のカルテ
ジャンル記録
時代・舞台9~10世紀の中国、インド
読後に一言海の生物(例えばクジラとか)も登場。「何に驚いたか」という視点で捉えると、非常に面白く読めます。
効用中国、インドの人々の、当時の考え方や暮らしがわかります。
印象深い一節

名言
今の時点において、この海(中国とインドの海)について知り得る限りの[生の]情報(アフバール)[を含めた](2「第二の書」)
類書9世紀、僧円仁の入唐記『入唐求法巡礼行記(全2巻)』(東洋文庫157、442)
本書訳注者の手による、14世紀のイスラム旅行家の紀行『大旅行記(全8巻)』(東洋文庫601ほか)
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