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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 506

『魏晋南北朝通史 内編』(岡崎文夫著)

2020/10/22
アイコン画像    三国志の劉備玄徳は、
双方向的な振る舞いのリーダーだ

 不安定な時代だからなのか、世界中で「断言する」リーダーがウケています。しかも断言にいたる根拠を示さないのも共通した特徴です。

 リーダー(leader)とは「lead」する人のことですが、では私たちは、ハーメルンの笛吹男について行く子供のように、ただ黙って従えばいいのでしょうか。

「リーダーシップ」をジャパンナレッジで調べてみます。

 〈実際に効果的なリーダーシップを発揮するためには、目標の難易度やリーダーとメンバーとの関係性による双方向的な作用を考慮する必要がある〉(『情報・知識 imidas 2018』[心理学])

 例えば〈2010年に起こったチリ鉱山落盤事故〉では、〈集団〉からリーダーが現れ、〈メンバー間の人間関係を協調的なもの〉としたことが〈閉鎖空間というストレスの多い状況を乗り越え〉ることに繋がりました(同前)。


 双方向的な振る舞いのリーダーとは。

 答えの一つを中国史の中に見つけました。


 〈時に諸葛亮(孔明)二十七歳の書生であり、その名を知る者少数の友人に過ぎぬ。それに対して三顧の礼をもってしたということは劉備の才を愛するに急なることが分かると思う〉


 『魏晋南北朝通史 内編』の一節です。著者は、〈魏晋南北朝時代の社会経済制度を専門とした〉(ジャパンナレッジ 「日本人名大辞典」)東洋史学者の岡崎文夫(1888~1950)。本書は、3世紀の魏・蜀・呉の三国時代から南北朝の6世紀までの権力の流れを詳述した本です。

 上の逸話は有名なエピソードですが、こうやって指摘されてみると、劉備の行動の奇異さが目立ちます。20歳年下で世間的に無名、山村で本を読んでいた男に三度頭を下げたのです。著者は〈才を愛するに急〉と理由を示しますが、劉備は軍師に呼ぼうというのです。武将ならばまだしも、孔明に教えを請うた。いわば、双方向的なコミュニケーションを求めたのです。

 劉備と孔明の蜀は、三国の中で〈土地もっとも狭し〉国。国力が乏しいのにもかかわらず三国鼎立がなったのは、劉備が双方向的リーダーだったからではないか。実際、劉備は最後の出陣で負け、病没します。〈その挙はおそらく劉備の方寸から出た独断の行動であろう〉と著者が指摘するように、最後に双方向的コミュニケーションが崩れました。独断が敗戦を招いたのです。

 さて現代社会の断言型リーダーの末路は? 笛を吹いて海へ向かうなら、どうぞお一人で。



本を読む

『魏晋南北朝通史 内編』(岡崎文夫著)
今週のカルテ
ジャンル歴史/評論
時代・舞台3~6世紀の中国(1932年刊行)
読後に一言歴史から学ぶ、という言葉を噛みしめています。
効用中国の歴史を俯瞰するのに適しています。
印象深い一節

名言
漢族四千年の生活を時代を限りて切断し、その断面における生活様相を如実に描写することは、余のもっとも注意を払った点である。(「自序」)
類書本書の続編ともいえる『隋唐帝国五代史』((東洋文庫 587)
著者の元同僚の中国エッセイ『中華名物考』(東洋文庫479)
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