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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 555

『東洋紀行1』(G・クライトナー著 大林太良監修 小谷裕幸、森田明訳)

2020/10/29
アイコン画像    オーストリア人がつぶさに見た
維新直後の日本人の姿とは

 19世紀から20世紀にかけて、多くの外国人が日本を訪れ、その驚きを綴っています。本書もそのひとつです。

 『東洋紀行』の著者はオーストリア人の地理学者クライトナー。彼はオーストリア=ハンガリー帝国のセーチェーニ伯爵の探検隊の一員として来日します。明治維新後の混乱がまだ収まっていない頃のことです。一行はイタリアの港を出発し、スエズ運河を通り、インド、中国を経て長崎に寄港、瀬戸内海を抜けて神戸に入港します。

 地理学者だからなのか、観察眼&表現に優れます。


 〈有名な神戸の滝〔布引滝〕に立ち寄った。一五〇フィートの高さの岩壁をたぎり落ち、ことごとく白い霧雨となって再び河床に達する勢いのよいこの渓流が、目を奪う荒涼たる岩場に生命を次ぎ込んでいる〉

 続けて、日本人の自然美に対する見識眼の高さを評価し、〈驚異的なものを味わった後には、飲み食いのほうでも当然満喫しなければならないと考えている〉という分析もまた確かです。

 こうした書物の中から、私たちにとって甘美に感じる日本人感を取り出すのは簡単です。


 〈旅行者なら誰でも、日本の国土と国民の虜となって日本から去っていく。このことは日本人のほうも心得ていて、外国人に好かれようと努力する〉


 皆が日本の虜になる。そうだろ、そうだろ、と頷きたくなりますが、ここからがクライトナーの真骨頂。


 〈日本人がヨーロッパ人と社会的に同等の段階にあるわけではない。事実はむしろ逆で、ヨーロッパ人は日本人を蔑視しているが、外国人の精神的優位性を感じる日本人が、この関係に自分を合わせているのである〉


 つまり西洋人コンプレックスを日本人が感じ、〈外国人に好かれようと努力〉していると見たわけです。中国人、インド人はそうではないとのことですから、西洋人に媚びへつらうのは日本人の特徴のようです。

 ついこの間まで攘夷だと騒いでいたのに、1878年の日本人は、諸手を挙げて西洋人をウエルカム。なんともはや、変わり身の早さはこの頃からのようで……。

 一方、クライトナーには西洋人特有の日本人蔑視が見え隠れします。吉原通いを咎め、混浴の銭湯を否定するのは、西洋人に共通する視点です。とはいえ、日本人の西洋人コンプレックスを正確に見て取ったという意味において、慧眼といえます。なぜならこの感情は、21世紀の今でも残っているのですから。日本人の病ですな。



本を読む

『東洋紀行1』(G・クライトナー著 大林太良監修 小谷裕幸、森田明訳)
今週のカルテ
ジャンル紀行
時代・舞台19世紀後半のエジプト、サウジアラビア、インド、マレーシア、シンガポール、中国、日本
読後に一言〈日本人は、腹を切り裂いて自殺することをハラキリといい、これが大好きである〉という指摘にも考えさせられます。
効用本書後半のアイヌ民族が住む北海道紀行は、クライマックスのひとつでしょう。アイヌ民族の暮らしがいきいきと描かれています。
印象深い一節

名言
わたしは先入観を排除して描写につとめ、あるときは面白おかしく、またあるときは生きるか死ぬか、という千変万化の旅行体験を語る中で、遥か東方の大小の国々の姿を読者の皆様の眼前に髣髴させたつもりです。(「まえがき」)
類書著者の友人、シーボルト(ジーボルト)次男の調査記録『小シーボルト蝦夷見聞記』(東洋文庫597)
19世紀前半、シーボルトの日本紀行『江戸参府紀行』(東洋文庫87)
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