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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 558|560

『東洋紀行2、3』(G・クライトナー著 大林太良監修 小谷裕幸、森田明訳)

2020/11/05
アイコン画像    チベット国境沿いをミャンマーへ
決死のヨーロッパ人探検行

 クライトナーは冷静に日本人を分析した、とは前回の話ですが、彼の優れているところは、身内である西洋人に対しても、厳しい視点を持っていたことでしょう。

 日本を後にしたクライトナーは、中国大陸に渡ります。中国の都市では、西洋人に対する〈憎悪の念〉が渦巻いていました。なぜか。


 〈ヨーロッパ人の利欲は中国人のそれを依然上回っている。中心的な商売は自分の家に集中し、その国の労働力を利用し尽くし、結局荒廃させてしまう〉


 著者いわく、西洋人は、〈その場所が自分の故郷であるかのように腰をすえてしまう〉のだとか。そして我が物顔で振る舞う。中国人が憎悪するのも当たり前だ、とクライトナーは指摘します。〈奇跡でも起こらない限り、一度定着した外国人を追い払うことができなくなる〉というのですから、西洋人の横暴ぶりがわかろうというものです。

 とはいえ中国人も負けていません。したたかです。

 それが魔法の言葉〈明天〉(ミンティエン)。〈あす.あした.明日〉〈(近い)将来〉(ジャパンナレッジ「ポケットプログレッシブ中日辞典」)を意味する言葉です。

 何かが滞り、それについて西洋人から詰問されたら、〈明天〉。何を尋ねられても、答えられないことならば、すべて〈明天〉。これでやりすごすのです。そして通訳として一行に従っていた20才の中国人高官は、彼らから大金を騙しとっていたのでした。西洋人に対し日本人は「媚びる」、というのは1巻のクライトナーの見解でしたが、中国人は「騙す」。どちらがいいということではなく、これがお国柄というものなのでしょう。

 クライトナー一行は、秘境・チベットに入国すべく、あの手この手を尽くします。彼らの目的のひとつは、中国からチベットに行くことでした。


 〈ラマ僧はヨーロッパ人の入国を一人たりとも許しません。どんな客であろうと、暴力に訴えてまでも国境を閉ざします〉


 彼らは何度も入国を試みるも、命が危険にさらされるにおよんで、断念せざるを得ませんでした。

 1880年の春に、一行はビルマ(現ミャンマー)に到着します。1877年12月にイタリアを出発した約2年にわたるアジア紀行は、ようやく終わりを迎えました。

 この後、アジアは戦乱の時代へと突入します。クライトナーが捉えたアジアはもうないのかもしれません。



本を読む

『東洋紀行2、3』(G・クライトナー著 大林太良監修 小谷裕幸、森田明訳)
今週のカルテ
ジャンル紀行
時代・舞台19世紀後半の中国、ミャンマー
読後に一言〈明天〉。いま日常で使ったら、顰蹙でしょうねぇ(苦笑)
効用チベットに入国できなかったものの、国境沿いのチベット人たちの暮らしを活写しており、非常に貴重です。
印象深い一節

名言
熱病が多発するテライの樹林帯や沼沢地に続く人跡未踏の熱帯樹林帯は、かなりの高みにある針葉樹林へと連なって息をのむパノラマを呈し、最後は、陽光を浴びて巨大なダイヤモンドのようにきらきら輝く万年雪を鞍部にいただいた岩壁で終わっている。(「第二〇章 打箭爐から巴塘へ」よりヒマラヤの描写)
類書18世紀初頭の宣教師の記録『チベットの報告(全2巻)』(東洋文庫542、543)
18世紀末、朝鮮人の見た中国『熱河日記(全2巻)』(東洋文庫325、328)
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