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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 742

『随筆 明治文学 2 政治篇・文学篇』(柳田泉著 谷川恵一他校訂)

2021/01/14
アイコン画像    鉄仮面はあゝ無情?
令和の時代に出でよ、黒岩涙香

 「鉄仮面」をかぶる『スケバン刑事』の少女。
 アン・ルイスのヒット曲『あゝ無情』。
 アニメ&舞台になった『巌窟王』。

 時代もメディアも異なれど、この3つの出来事には共通した仕掛け人がいる。明治大正を生きたジャーナリスト・黒岩涙香(1862~1920)である。彼が1892年に創刊した「万朝報(よろずちょうほう)」は、日清戦争の頃には発行部数東京第一を誇った。〈内村鑑三,幸徳秋水,堺利彦らの気鋭の論客〉(ジャパンナレッジ「世界大百科事典」)を入社させ、彼らの論は注目を集めた。

 黒岩涙香にはもうひとつの顔があった。

〈(涙香は)明治二十年ころから外国探偵活劇小説を日本人向きに翻案した小説を書く作家としても知られていたが、特に『鉄仮面』『巌窟王』『噫無情』など『万朝報』連載の小説は非常な人気を博した〉(同「国史大辞典」)

 では本書著者の近代文学研究者・柳田泉にご登場願おう。彼は涙香をこう評す。

 柳田にいわせれば、涙香の翻訳小説は探偵小説の嚆矢であり、しかも〈涙香の紹介した小説が何れもこれも当つたの、はむしろ当然といふべき〉だという。なぜか。ここからが興味深いのだが、涙香は、明治20年代前半に約30種の小説を訳したが、〈一千数百部といふ犠牲小説があつた〉。つまり多読の中から選りすぐったというわけだ。

 訳出の仕方も変わっている。本書によれば、


(1)訳す小説を決めたら、再度読み直す(当たり前だ)
(2)逐語訳と抄訳の箇所をわける(大胆!)
(3)新聞の回数にあわせて割り付ける(構成はきちんと)
(4)その日訳すべき部分を精読(真面目な仕事ぶり)
(5)原文から離れて筆をとる(なんと!)
(6)面白さが足りない場合は、別の小説から借りる(!)


 つまり明治のこの時代に、「超訳」をかなり大胆にしていた、ということである。そしてそれを読者が待ち望んだ。結果、『鉄仮面』『巌窟王』『噫(あゝ)無情』など、涙香作品の影響が今もなお続いているのである。

 明治時代の新聞とは、当時の最先端のメディアである。そのメディアを、涙香は〈特定政党や企業の世話にならず〉、〈独立〉を貫いた。そして〈支配層のスキャンダルの暴露〉と〈趣味娯楽記事〉(同「世界大百科事典」「黒岩涙香」の項)を両輪に、天下を取った。

 今こそ日本は、黒岩涙香を求めているのではないか。政府に追随し、スポンサーの顔色ばかりうかがう大手マスコミを見ていると、つくづくそう思う。



本を読む

『随筆 明治文学 2 政治篇・文学篇』(柳田泉著 谷川恵一他校訂)
今週のカルテ
ジャンル文学/評論
時代・舞台明治時代の日本
読後に一言黒岩涙香という人物に憧れます。
効用明治は、「書く」ということが厳密にわかれていませんでした。探偵小説も翻訳も、新聞記者が書いていたのです。その流れが本書で掴めます。
印象深い一節

名言
涙香の小説の愛読者は何の階級といふことはなかつたが、涙香自身は大衆的なつもりで筆を執つてゐた(「随筆探偵小説史稿」)
類書読書を愛した著者のエッセイ『魯庵随筆 読書放浪』(東洋文庫603)
柳田国男が捉えた世相『明治大正史 世相篇』(東洋文庫105)
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