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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアの古典・名著がズラリそろって、その数なんと850点余! 後世にぜひ引き継いでいきたい、まさにアジアの文化遺産なのです。

そんな珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、あなたを面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫
『随筆 明治文学 3 人物篇・叢話篇』(柳田泉著 谷川恵一他校訂)

2021/01/21
   言文一致の先駆者・山田美妙
形見はカビたシュークリイム

 〈つまり彼の天才は、誰でもない、彼自身が殺したやうなものだ〉


 こんな残酷な一文があるだろうか。

 彼とは明治の小説家・山田美妙(1868~1910)のこと。論者は、本書著者で近代文学研究者の柳田泉。この一文で俄然、山田美妙に興味が湧いた。〈小説「武蔵野」「蝴蝶」などにより、言文一致体の先駆者と目された〉(ジャパンナレッジ「日本国語大辞典」)との評価があるものの、〈才能が拡散,性格や私行に批判も集中し,文壇から遠ざかった〉(同「世界大百科事典」)と散々だ。


 〈二十歳前後には東洋のシェークスピヤといふ羨望的綽名を得た、二十四五ではそろそろ忘られかけた、三十前後軽薄文士、放蕩漢の名をうたはれた、その後は日陰者だ、死ぬときには、大事にしてゐた見舞物のシュークリイムの食べ残したカビの生えたのが形見だ〉

 急坂を転げ落ちるような人生だ。

 柳田によれば、明治の文学は、〈言文一致と雅俗混淆、その他の文章との戦闘の記録〉だったといいう。そして言文一致の創唱者こそ、山田美妙だった。

 山田美妙の代表作といわれる「武蔵野」を読んでみた。

 この作品は、1887年『読売新聞』に発表された歴史短編だ。舞台は、足利と新田が争った南北朝期の武蔵野。


 〈思えば思うほど考えは遠くへ走って、それでなくてもなかなか強い想像力がひとしお跋扈を極めて判断力をも殺(そ)いた。(中略)忍藻(おしも)の眼の中には三郎の俤(おもかげ)が第一にあらわれて次に父親の姿があらわれて来る。青ざめた姿があらわれて来る。血、血に染みた姿があらわれて来る〉(「武蔵野」)


 父と夫・三郎は戦に出ている。家で待つ忍藻は心配でならない。その心情を言文一致体で切々と記した。

 とりたてて筋があるわけではない。だが叙情的な(いわばエモい)文章は、グッと迫る。「来る」を重ねるところなど、さすが詩人だと唸った。なるほど、こういう文体を読者は待っていたのだ。

 最も、軽薄、放蕩と評判が散々なのは、茶店の娘に子を産ませるも籍に入れないという行いがバレたのが原因らしく、しかも、これに美妙が強弁したため、著者(柳田)は〈小説家は実験を名として不義を行ふの権利ありや〉(本書2巻)と、疑問を投げかけている。

 柳田は〈(美妙は)天才を持ち続ける気力と忍耐と環境を欠いてゐた〉と断じる。はたしてそうか。時代が彼を持て囃し、勝手に殺したのではないか。

 ますます山田美妙に興味を抱いた。



今週のカルテ

ジャンル文学/評論
時代・舞台明治時代の日本
読後に一言いつの世も、持ち上げては落とすのですね。嗚呼。
効用当時を知る国文学者だけに、「人物篇」は特に真に迫る。
印象深い一節

名言
ほかに書くものもなし、今のところ書きたいものもなし、自分のことを書いてみる。(「自伝的文章」)
類書明治・大正の文学者淡島寒月の随筆『梵雲庵雑話』(東洋文庫658)
仮名垣魯文の弟子が文学事情を語る『増補 私の見た明治文壇(全2巻)』(東洋文庫759、760)
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