1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
神頼みの愚、神を利用する知恵 有職故実の古典に学ぶ(3) |
安易に「パワースポット」や「占い」を口にする人と距離を置くようにしている。恵方巻きも食べたことがない。もっとも、それ以前に、こちらが距離を置かれているかもしれないが……。
かつての日本人はどうだったのか。江戸時代に書かれた『貞丈雑記』に占いの記述がある。
〈古の名将、日取・方角を用いたる事あり〉
この一文をもって、「昔の人だって縁起を担いでるじゃないか」というのは早計だ。実はこの文章には、前段がある。
〈根本、日にも方角にも吉凶はなき事なり。凶日凶方にても、善事をすれば吉となる。吉日吉方にても、悪事をすれば凶となるなり〉
なんとも合理的な考えだ。吉凶の日取りや方角があるわけではなく、ただ行動に善悪があり、それによって吉凶が決まるというのだ。
ではなぜ、〈古の名将〉が縁起を担ぐことがあるのか。
〈軍配の伝授という事は、敵の心をくじき身方の心をいさましめんが為の謀(はかりごと)の種にするなり〉
なるほど。占いや迷信を利用するのは、心理戦でのひとつの手段だったというわけだ。例えば名将は、「夢に見た」「託宣があった」と周囲に広め、自分たちが優位にあると印象づけるという。
名将と愚将の対比が面白い。
【名将】加持祈祷や占いを、〈用いながら深くたのみにせず〉
【愚将】〈深くたのみにする〉
【名将】〈謀のために神仏を仕う事あり〉
【愚将】〈謀つたなくして神仏につかわるるなり〉
こんな「愚将」に率いられた兵ほど、惨めなものはない。とはいえ21世紀の現在に、神頼みをするリーダーなんていないだろう。そう思っていたら、いた。
「神に祈るような気持ち」
この言葉を事あるごとに繰り返している、某国際スポーツイベントの組織委員長がいるのだ(この稿掲載の頃には辞任しているかもしれないが)。コロナも何もかも、神が解決してくれると本当に思っているらしい。『貞丈雑記』でいうところの「愚将」だ。そういえば去年も、自粛期間中に神社への神頼みツアーを敢行した某夫人がいたっけ。
この国は思った以上に、劣化しているようである。
ジャンル | 教育/政経 |
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時代・舞台 | 江戸/1784年頃完成、1843年刊行 |
読後に一言 | 占いも、洒落で楽しむぶんにはいいのでしょうが。 |
効用 | 3巻目は、弓矢や刀剣など武芸系を中心に6項目を収録。 |
印象深い一節 ・ 名言 | 合点と云うは、人の方より箇条を以て相談する事あるに、我が心に合いて尤(もっとも)と同心したるケ条には点をかけて遣わすを、合点と云うなり。(巻之九「書礼の部」) |
類書 | 江戸の見聞記『増訂 武江年表(全2巻)』(東洋文庫116、118) 古代インドの前兆占い『占術大集成(全2巻)』(東洋文庫589、590) |
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