1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
日本がアイヌを虐げた歴史が 浮かび上がるサハリン島での事件 |
2020年の夏のことだが、アイヌ団体が、地元の川でのサケ捕獲は先住民族の権利だとして、国と道を相手取って漁業権を認めるよう求め提訴した。ところがこのニュースに対し、ヤフコメで批判的な書き込みが多いことに驚いた。きっと日本が行ってきたアイヌ人に対する仕打ちも歴史も知らないに違いない。無知とは罪である。
とエラソーに構えてみたものの、私自身がまったく何も知らなかったことに、本書『サハリン島占領日記1853-54』を読んで気づかされた。
本書は、1853年にロシア軍がサハリン島南岸の地を占領した事件をつぶさに綴った、遠征隊隊長の日記である。この日記は、2つの大きなことを伝えている。
1853年といえば、ペリーが浦賀に来港した年である。黒船に日本中が大騒ぎしていた同時期に、サハリンの一部をロシア軍が占拠したという事実があったということ。
そしてもうひとつは、この地を日本が支配しており、現地のアイヌ人を隷属させていたという事実。
明治政府の朝鮮半島侵攻は、ロシアの南下を食い止めるためだったという説がある。そこには、国益のためなら他の民族のことなどどうでもいい、という自国第一主義が透けて見える。明治になって北海道を開拓し、アイヌ人から漁業権を奪っていった図式と、見事に重なる。
遠征隊隊長は、サハリンの状況をこう見ていた。
〈アイヌたちの日本人に対する関係は、日本人がサハリン島の漁業労働者としてアイヌたちを必要としていることによってひき起こされている。これらの労働者たちは自由な被雇傭者ではなく、殴られる恐怖と自分たちの主人から酒やタバコのお恵みを受け取ることを期待して働かされている奴隷である〉
明治に植民地政策が始まったのではなく、すでに江戸時代から始まっていたのだ。薩摩藩の琉球侵攻は1609年のことだから、江戸の初期からすでに、日本人による植民地支配が始まっていたといえるかもしれない。
日記の中でも、日本人の支配を受けていないサハリン北方のアイヌ人と、支配下の南方アイヌ人の違いを描いた箇所は衝撃的だ。北方アイヌは〈美しく健康な容貌、濃い頭髪、真っ直ぐに見開かれた眼差し〉を持っていた。だが南方アイヌの容貌に現れていたのは〈狡猾で卑屈な奴隷根性〉だった。彼らから尊厳と誇りを奪い去ったのはもちろん、日本人である。
ジャンル | 歴史/日記 |
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時代・舞台 | 19世紀半ばの日本、ロシア |
読後に一言 | 世界の潮流の中に、幕末の開国があったことが、この事件から見て取れます。英仏などを相手にした「クリミア戦争」開戦によってサハリン島占領撤退を余儀なくされ、突如、終結します。 |
効用 | 公開を前提としていなかった日記ゆえ、著者が見聞きしたことが、つまびらかに描かれている。 |
印象深い一節 ・ 名言 | (近年、わが国(ロシア)における囚人労働を合理的に配置する観点から、サハリン島に特別な注目が払われている。(「発行者まえがき」)) |
類書 | 間宮林蔵の北樺太&黒竜江沿岸紀行『東韃地方紀行他』(東洋文庫484) 明治初頭のアイヌの暮らしを伝える『小シーボルト蝦夷見聞記』(東洋文庫597) |
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