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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 263

『イエズス会士中国書簡集6 信仰編』(矢沢利彦編訳)

2021/04/15
アイコン画像    毎日どこかで「奇跡」が?
奇跡とキリスト教の関係とは

 「奇跡」という言葉が目に付く。50代で若々しければ「奇跡の5●歳」と持ち上げられ、スポーツの試合では奇跡のオンパレード。普通の新聞ならば煽ることもあるまいと、「朝日新聞デジタル」で4月1日から1週間、「奇跡」を検索してみたところ、総計15個の奇跡が登場していた。1日に2個以上の奇跡が生まれている計算だ。

 ジャパンナレッジで「奇跡」を引いてみる。

〈(1)常識では考えられないような神秘的な現象。神の示す思いがけない力。また、それの起こった場所。
(2)キリスト教で、出来事または行ないの中に働く超自然的な聖なる力の具体的表現をいう〉(「日本国語大辞典」)

 「補注」に〈漢籍に出典のある語だが、(1)の近代例は、(2)のキリスト教における「奇跡」の影響下にある用法と思われる〉とあり、日本に「奇跡」をもたらしたのは、キリスト教だといってもいいかもしれない。

 ではなぜ、キリスト教と奇跡が結びつくのか。

 『イエズス会士中国書簡集6』に奇跡のシーンが描かれている。場所は饒州(現在の中国江西省)、1712年の報告書に書かれたエピソードだ。この地方では1か月以上にわたって、雨が降っていなかった。地方を管轄する長官(道台)はキリスト教帰依者で、伝統的な降雨祈願をしようとしない。せっつかれ渋々やるもうまくいかない。そこで、フランス人宣教師にすがる。


 〈わたしは信者たちを教会堂に集めました。かれらは祈禱を始めました。(中略)祈禱がおわるや、天は厚い雲に覆われはじめました。少し経つと大雨がやって来ました〉


 報告者は、自然の流れで降った可能性もあると冷静に分析するが、一方で、〈この雨が一般のひとびとから、われわれが祈願申しあげた神の御仁慈の賜物と見なされたことは確かであります〉と誇らしげだ。

 「世界大百科事典」にわかりやすい記述を見つけた。


 〈……イエスによる病者の治癒は単なる医術や魔術ではなく,みずからがもたらした使信の真実性を示し,目撃者を信仰や悔い改めへとうながすためであったように,奇跡はつねに宗教的背景を前提するということである〉


 確かに『聖書』を読めば奇跡だらけである。奇跡を信じることからキリスト教が始まっているともいえる。キリスト教あるところに奇跡あり、というわけだ。

 日本にキリスト教が浸透しきれなかったのは、あるいは「奇跡」が安売りされているからかもしれないですな。



本を読む

『イエズス会士中国書簡集6 信仰編』(矢沢利彦編訳)
今週のカルテ
ジャンル宗教
時代・舞台中国・清代(1705~1769年)
読後に一言見方によって、立ち位置によって、事実は変わっていくものですね。
効用人々がどうやってひとつの宗教にはまっていくのか。個々人の心の動きや周辺の働きかけがよくわかります。
印象深い一節

名言
帰依したがために、あるいはまた友人たちの改宗に寄与したがために、自分たちの財産の喪失やその他の多くの虐待を蒙りながら、新信者たちは初期数世紀の信者たちにも負けない堅信さをもって、よくこれに耐えました。(「第五書簡」)
類書フランス人による中国学『中国人の宗教』(東洋文庫661)
本書の姉妹編『中国の布教と迫害 イエズス会士書簡集』(東洋文庫370)
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