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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアの古典・名著がズラリそろって、その数なんと850点余! 後世にぜひ引き継いでいきたい、まさにアジアの文化遺産なのです。

そんな珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、あなたを面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫
『東アジア民族史2 正史東夷伝』(井上秀雄他訳注)

2021/06/10
   ニッポンvs.ニホン
さてあなたはどっち派

 東京オリンピックにまったく興味はないが、日本がこの大会で(開かれれば、だが)、自分たちのことをどう名乗るかについては、密かに気になっている。「ジャパン」なのか「ニホン」なのか、あるいは「ニッポン」なのか。

 ジャパンは英語由来なので仕方がないとしても、国内でも2つの読み方があるというのは、実は稀なことではないか(「日葡辞書」には「ジッポン」の呼称もある)。

「日本」の文字が外国の史書に初めて登場するのは、中国の正史「旧唐書(くとうじょ)日本国伝」(本書所収)である。〈945年成立〉の〈中国の二十四史〉のひとつだ(ジャパンナレッジ「デジタル大辞泉」)。


 〈日本国は倭国の別種である。その国が日(太陽)〔の昇るところ〕の近くに位置しているので、日本を〔国の〕名としたのである。或いは、倭国〔の人々〕はみずからその〔国の〕名が雅(うるわ)しくないのを嫌って、日本と改称したともいう。或いは、日本は旧(もと)は小国であったが、倭国の地を併〔合〕した。〉


 「倭」を調べてみる。


 〈禾は垂れた穂で、女はすなおな意をもち、したがって倭は従順の意味となる。〉(同「新選漢和辞典 Web版」)


 「みにくい」という意味もある字なので、たしかにうるわしくはない。

 この史書には続きがあって、唐朝を訪れた日本の使節は〈尊大にふるまい〉、唐の問いに対し事実を述べなかったので、唐側は〈(使節の言い分を)疑わしくおもっている〉とある。ようは、相手にされていない。

 「日本国語大辞典」の「にほん【日本】」の「解説・用例」にこうある。


〈古くは「やまと」「おおやまと」といい、中国がわが国をさして倭(わ)国と記したため倭(やまと)・大倭(おおやまと)の文字が当てられた。その後、東方すなわち日の出るところの意から「日本」と記して「やまと」と読ませ、大化改新の頃、正式の国号として定められたものと考えられるが、以降、しだいに「ニホン」「ニッポン」と音読するようになった〉


 「日本」と記して「やまと」と読ませるなんざあ、キラキラネームの発想ではないか。なるほどこの読みが定着しなかったはずである。

 考えてみれば、住んでいる人間が「ニホン」「ニッポン」と勝手に呼んでいまだ定まらないのだ。このいい加減さ、大らかさこそ、誇るべきなのかもしれない。



今週のカルテ

ジャンル歴史
時代・舞台紀5~10世紀の東アジア(中国、日本、韓国、北朝鮮)
読後に一言こうした史書を読んでいて気づくのは、日本は決してひとつの国ではなかった、ということです。かつてたくさんの国があったという事実は、頭にいれておきたいなあ。
効用付録の「東アジア民族史関係年表」「官職表」は使い勝手あり。
印象深い一節

名言
(日本の)人々はもっぱら酒を嗜み、長寿の者が多い。(「通典倭伝))
類書697~791年の勅撰史書『続日本紀(全4巻)』(東洋文庫457ほか)
9世紀に唐に渡った僧・円仁の記録『入唐求法巡礼行記(全2巻)』(東洋文庫157、442)
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