1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
明治時代、新宗教は政府に 邪教とレッテルを貼られた |
正直にいえば、新興宗教(あるいは新宗教)を胡散臭く思っていた。だが坂口安吾の作品に〈新興宗教が悪くて、昔ながらの宗教が良いというのも大いに偏見で、邪教の要素はあらゆる宗教にある〉(『安吾巷談』)という文言を見つけて、いささか考えを改めた。
〈近代の国家神道体制下では(中略)新しく成立した習合神道系,仏教系の諸宗教は非公認ないし公認宗教に所属する準公認の宗教団体とされた。これらの新宗教は新興類似宗教,擬似宗教などとよばれ,内務省の監視と干渉を受けて,しばしば禁圧された〉(ジャパンナレッジ「世界大百科事典」「新宗教」の項)
国家神道体制からインチキ呼ばわりされたからと、こちらまで中身を知らずに邪教視するのは、国家に洗脳されているとはいえまいか。だいたい、国家神道こそインチキだったのだから。体制に公認されていた既存宗教の多くは、戦中、戦争協力を惜しまなかった。戦争を是としていたのだから、あるいは邪教かもしれぬ。
新興宗教のひとつ、大本教は体制からこっぴどくやられた口である。1921年(大正10)、〈第一次大本教事件が起り、幹部は不敬罪・新聞紙法違反などの容疑で検挙され、神殿・開祖なおの墓が破壊された〉。1935年(昭和10)、〈第二次大本教事件勃発。全国的な手入れがなされ、王仁三郎以下六十一名の幹部が治安維持法違反・不敬罪などで起訴、綾部・亀岡の両本部をはじめ大本の全施設が破壊された〉(同「国史大辞典」)
なぜ目を付けられたのか。開祖・出口ナオ(なお)が神がかりとなって記した『大本神諭 天の巻』。一読すると、ナショナリスティックである。外国を〈悪魔ばかりの国〉〈獣類の世〉といい、日本を〈神国〉〈日本魂〉と持ち上げる。
〈艮(うしとら)の金神(こんじん)で仕組致して、国常立尊と現はれて、善一つの道へ立替へる〉
出口ナオが「艮の金神」に神がかったのがそもそもの始まりだ。この艮の金神こそ、「国常立尊」だとした。国常立尊とは〈「日本書紀」では、天地開闢(かいびゃく)のときあらゆる神に先立って現れた第一神〉(同「デジタル大辞泉」)のこと。天照大神より上位の第一神が、大本から日本および世界を〈立替へる〉わけだから、国家神道体制と相容れないことは明らかだった。
第一次大本教事件で警察は、ナオの墓を徹底的に破壊する。権力を握ったインチキな連中は、必要以上に相手に怯えるのだろうか。
ジャンル | 宗教 |
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時代・舞台 | 明治の終わりから大正にかけての日本 |
読後に一言 | 第二次大本教事件の後、坂口安吾が亀岡(京都府)の本部を訪れています。 〈城跡は丘に壕をめぐらし、上から下まで、空壕の中も、一面に、爆破した瓦が累々と崩れ重っている。茫々たる廃墟で一木一草をとどめず、さまよう犬の影すらもない。(中略)とにかく、こくめいの上にもこくめいに叩き潰されている〉(『日本文化私観』) どれほど徹底的に破壊したのかうかがい知れます。 |
効用 | 当時、幹部しか筆写することが許されなかった「筆先」をまとめたのが、『大本神諭』だそうです。大正6年(1917)から発表が始まりました。 |
印象深い一節 ・ 名言 | 艮の金神が表になると、一番に芸妓娼妓(げいしやしようぎ)を平らげるぞよ。賭博も打たさんぞよ。家の戸締りも為(せ)いでもよき様に致して、人民を穏かに致さして、喧嘩も無き結構な神世に致して、天地の神々様へ御目(おんめ)に掛けて、末代続かす松の世と致すぞよ。(第一輯) |
類書 | 出口ナオの出身宗教・金光教の聖典『金光大神覚』(東洋文庫304) 大本教など新興宗教の論考を収録する『思想と風俗』(東洋文庫697) |
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(2024年5月時点)