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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 348

『大本神諭 火の巻 民衆宗教の聖典・大本教』(出口ナオ著 村上重良校注)

2021/07/15
アイコン画像    反教養・嫌外国という志向が
戦前の庶民の共感を呼んだ

 大正から昭和にかけて、政府は大本教を危険視した。特に第二次の弾圧(第二次大本教事件)では、「治安維持法」が適用された。〈宗教史上の大弾圧であった〉(ジャパンナレッジ「国史大辞典」)といわれる所以である。

 あらためて、教祖・出口ナオの「筆先」(神のおつげ)、『大本神諭 火の巻』から特徴を取り出してみよう。


(1)現代社会批判

 〈前後(あとさき)構はずに利己主義(われよし)の行方(やりかた)で上へあがりて、自己(われ)が出世をする事ばかりに眼を着けて、金銀(きん)で表面(つら)張りて、他人(ひと)は覆(こけ)やうが倒れやうが、自己(われ)さへ好都合(よけ)りや可(よ)かりた行方(やりかた)で、根本(もと)の天地を造(こしら)へた〉

 利己主義批判に、金儲け批判。今にも通ずる批判だ。ではなぜこんな世になったか。出口ナオは「外国」を悪し様に罵る。


(2)外国&科学批判

〈日本の国は、仏(仏教)や学(科学、学問)では不可(いか)ン国である〉
 〈外国の真似ばかりを致して、開けた人間の様に有頂天になつて迷ふて居る〉

 文明開化、モボ、モガ……と明治から大正にかけて、日本は欧米に近づこうとした。だが一方で、取り残された人々から見れば、急速な変化は恐ろしかったのではないか。出口ナオが繰り返し、外国を〈畜生〉〈イヤらしい〉〈悪神〉と罵り、反教養を勧めるのは、取り残された人々の心持ちを代弁していたのだろう。一方で、日本は〈神国〉であると持ち上げ、自尊心をくすぐる。悪いのは、外国であり、外国にかぶれた連中だと断定した。


 自分たちは素晴らしいといい、敵を作って攻撃する。まるで現代社会を先取りしているかのようである。しかも、〈艮の金神は、地球(よ)の元を創造(こしらへ)た〉とあたかも自分たちの神が中心であるかのように錯覚させるのだ。

 よくよく読んでみれば、『大本神諭』の根底に流れていたのは、戦争に突き進んだ大日本帝国と変わらぬ思想だった。写し鏡といっていい。いわば、『大本神諭』は時代が要請したといえるのかもしれない。

 ここにあるのは、歴史には浮上しない、明治、大正の庶民の叫びなのである。



本を読む

『大本神諭 火の巻 民衆宗教の聖典・大本教』(出口ナオ著 村上重良校注)
今週のカルテ
ジャンル宗教
時代・舞台明治の終わりから大正にかけての日本
読後に一言カズオ・イシグロがあるインタビューで、インテリ系の人々は、〈自分と似たような人たちとしか会っていない〉と反省し、〈まったく違う世界に住んでいる〉〈そういう人たちのことこそ知るべき〉と語っています。ならば当時の大本教が庶民を突き動かしたことは、知っておいたほうがいいのではないか? そんな問題意識で読んでみました。
効用何が繰り返されているか、というところに注目すると、出口ナオの思想が見えてきます。
印象深い一節

名言
今迄の世は、表面(うはつら)ばかりの世でありたから、心の中(うち)は腐りて居りても構はぬ暗がりの世でありたが、最(も)う斯(そ)ンな醜(みぐる)しき世は終末(しまひ)になりたぞよ。
類書神道復活を分析するラフカディオ・ハーンの『神国日本』(東洋文庫292)
明治期の天皇崇拝を「新宗教」と分析する『日本事物誌(全2巻)』(東洋文庫131、147)
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