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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 234

『白凡逸志 金九自叙伝』(金九著 梶村秀樹訳注)

2021/08/05
アイコン画像    ひとりの朝鮮の青年を
抗日に駆り立てたものとは

 金九(キム・グ/1876~1949)。本書自伝の著者であるこの人物をひと言で言い表せば、〈朝鮮の独立運動家〉(ジャパンナレッジ「世界大百科事典」)ということになるのでしょうが、なぜ「独立運動」をせざるを得なかったのでしょうか。彼の怒りは、李氏朝鮮第26代高宗の妃・閔妃殺害事件で頂点に達します。日清戦争後、ロシアと結んで日本に対抗しようとした閔妃は、〈日本官憲、浪人の手によって〉〈殺害され〉ます(同「ニッポニカ」)。思い通りにならないから殺す。これが日本のやり方でした。

 著者は〈日本人による閔妃(びんひ)殺害事件(乙未(いつみ)事変)に憤激、1896年日本軍将校を殺害し、投獄されたが脱獄した〉(同前)

 血には血を。その時の自問自答です。


 〈義をみては、なすのみだ。ことの成敗を気にしてためらうのは、わが身を惜しみ名を好む者のすることではないか?〉


 しかし植民地政策を推す進める日本にとって、金九は目障りです。日本は片っ端から抗日の朝鮮人を牢屋に放り込んでいたのでした。2度目の服役での金九の叫び。


 〈倭奴(ウエノム)どもは、新たに買った畑から石ころをすっかり取り除いてしまわなければ承知しないのだった。しかし、そんなことで大韓(朝鮮)がかれらのものになるものか!〉


 本書はしかし、怒りに満ちたものではありません。息子に向けて書いているからでしょうか。時にはユーモアを交えながら、一貫して人としての理を説きます。


 〈わたしの七十年の生涯をふり返ってみると、生きようとして生きたのではなくて、生きさせられて生きたのだから、死のうとしても死ねなかったこの身は、けっきょく、死なせられて死ぬことになるのである〉


 本書の後半の言葉です。まるで死の予言のようですが、本書刊行の2年後、現実となります。

 〈日本の敗戦後の1945年に(中国から)帰国し韓国独立党党首となり,統一朝鮮の完全自主独立を主張して李承晩(イ-スンマン)と対立,1949年6月26日暗殺された〉(同「日本人名大辞典」)。

 今から見れば、テロを厭わぬ方法に問題はあるでしょう。しかし私利私欲のためではなく、国を憂いて立ち上がった国士だといえるでしょう。金九は、自由――〈公園の花を折る自由ではなく、公園の花を育てる自由〉を生涯追い求めたのでした。



本を読む

『白凡逸志 金九自叙伝』(金九著 梶村秀樹訳注)
今週のカルテ
ジャンル伝記
時代・舞台1947年刊行/韓国、北朝鮮
読後に一言まもなく終戦記念日です。植民地側から見れば、解放の日です。
効用戦前、朝鮮半島の人々は日本をどう思っていたのか。どう抗っていたのか。その克明な記録です。
印象深い一節

名言
われわれは、われわれの屍を城壁としてわが独立を守り、われわれの屍を足場としてわれわれの子孫を高め、われわれの屍を糧としてわが文化の花を咲かせ実を結ばせなければない。(「著者のことば」)
類書カナダ人ジャーナリストが見た日本の韓国併合『朝鮮の悲劇』(東洋文庫222)
日本への抵抗を活写『朝鮮独立運動の血史(全2巻)』(東洋文庫214、216)
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