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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 174

『東学史 朝鮮民衆運動の記録』(呉知泳著 梶村秀樹訳注)

2021/08/12
アイコン画像    根本が衰えるなら、国家は必ず亡びる
政府・日本軍と戦った朝鮮民衆の物語

 ある宣言文の一節です。

〈百姓は国家の根本である。根本が衰えるなら、国家は必ず亡びるのだ。国を治め民を安んじさせる策を考えず、ただ一身の利害のみを考え、国家の蓄積を消尽させることが、どうして正しいことであろうか。(中略)どうして国家の滅亡を坐視するにしのびえようか〉


 これは、1894年に朝鮮半島で出された「倡義文(=宣言文)」です(「百姓」の語を「国民」に変えれば、まるで今の日本のことのようです)。出したのは「東学」の指導者。朝鮮中にばらまかれました。これに呼応した農民たちが立ち上がったのが、いわゆる「東学党の乱」です。

 「国史大辞典」(ジャパンナレッジ)によれば、〈この蜂起を「東学党の乱」としていたのは、当時の政府が封建的矛盾の結果としての農民による反乱であることを認めずに、異端の秘密結社である東学教団による反乱であると歪曲していたことによる〉そうです。現在は、「甲午農民戦争」と呼ばれているそうです。東学とは、李朝末期におこった〈民間信仰を基礎に儒教,仏教,仙教を取り入れた独自の宗教〉です(同「世界大百科事典」)。

 本書『東学史 朝鮮民衆運動の記録』は、東学の中に身を置いていたひとりが描いた、東学の興りから甲午農民戦争の内実とその後を描いたものです。本書は、表の歴史にはなかなか現れない、民衆の行動史、内面史ともいえます。

 東学の教えの根本は〈人が天であり、天が人である〉という平等思想にあります。自分の中に天があるなら、神は必要ありません。ましてや身分差は存在しません。この主張が、市井の人々に響いたのでした。

 日本が開国せざるを得なかったように、19世紀の終わりの李朝朝鮮もまた、帝国主義の影響から逃れられませんでした。あらゆる矛盾が吹き出した結果、東学という宗教がおこり、反乱のうねりとなったのでしょう。

 朝鮮政府は清に援軍を要請します。これを利用したのが日本です。自国の公使館・居留民の保護を理由に出兵。そのまま日清戦争へとなだれ込みます。東学の戦いは、日本・朝鮮政府連合軍との戦争に移行します。最終的に鎮圧されますが、「斥倭・斥洋」(反日・反西洋)を掲げた日本軍との戦争は、〈アジアにおける民衆の反帝国主義闘争の先駆〉(同「世界大百科事典」「甲午農民戦争」の項)と評価されています。

 結果的に日本に利用されたとはいえ、ここには国を変えようという熱いエネルギーがありました。



本を読む

『東学史 朝鮮民衆運動の記録』(呉知泳著 梶村秀樹訳注)
今週のカルテ
ジャンル記録/宗教
時代・舞台19世紀後半から20世紀初頭の朝鮮(韓国、北朝鮮)
読後に一言幕末から明治にかけて、日本でも多くの新宗教が誕生しましたが、その動きと東学の誕生は軌を一にしています。アジア人の「不安」と括れるのではないでしょうか。
効用貴重な民衆史です。
印象深い一節

名言
道の淵源は人間それ自体のなかにあるのだ(第一章「東学の草創」)
類書同時期の独立運動家の自伝『白凡逸志』(東洋文庫234)
李朝時代の朝鮮半島の風俗『朝鮮歳時記』(東洋文庫193)
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