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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアの古典・名著がズラリそろって、その数なんと850点余! 後世にぜひ引き継いでいきたい、まさにアジアの文化遺産なのです。

そんな珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、あなたを面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫
『三国史記1』(金富軾著 井上秀雄訳注)

2021/09/02
   思った以上に近かった!?
古代朝鮮・新羅と日本の距離

 『三国史記』といっても、関羽や張飛の「三国志」ではありません。『三国史記』は、〈朝鮮の現存最古の歴史書〉(ジャパンナレッジ「国史大辞典」)で1145年に成立した官撰史書です。「三国」とは、〈古代朝鮮で,313-676年にわたり高句麗,百済,新羅の3国が鼎立・抗争した時代〉(同「世界大百科事典」「三国時代」の項)のことを指します。

 本書『三国史記1』は「新羅本紀十二巻」を収めますが、一読して日本との近さに今さらながら驚きました。

 ざっくり説明すると、朝鮮半島の南東部が新羅、南西部が百済、北部が高句麗となり、地理的に最も近いのが新羅です。釜山(旧・新羅)の港から対馬まで約50キロ、対馬から壱岐まで約50キロ、壱岐から博多まで約60キロ。対馬から見れば、日本よりも朝鮮半島の方が近いのです。いろいろな文化や人が朝鮮半島から渡ってきたことを鑑みれば、ここに海の道があったことは間違いないでしょう。今以上に日本と朝鮮は近かったのです。

 いくつか目に付くものだけ抜き出してみます。


●BC50〈倭人が出兵し、〔新羅の〕辺境に侵入しようとしたが、〔新羅の〕始祖には神のような威徳があると聞いて引き返した〉
●AD14〈倭人が兵船百余隻で海岸地方の民家を略奪した〉
●59〈倭国と国交を結び、互いに使者を交換した〉
●121〈倭人が東部の辺境に侵入した〉
●193〈倭人が大飢饉にみまわれ、食糧を求めて〔新羅に〕千余人も来た〉
●232〈倭人が突然侵入して金城を包囲した〉
●364〈倭兵が大挙して侵入してきた〉
●440〈倭人が南部の辺境を犯し、住人を掠(かす)め奪って逃げ去った〉
●459〈倭人が兵船百余艘をつらねて東海岸を襲撃し、さらに進撃して月城を包囲した〉
●497〈倭人が辺地を犯した〉


 とこんな調子で、倭と新羅の濃い関係が西暦500年頃まで続きます。倭が一方的に侵攻するだけでなく、困った時は頼ったり、国交を結んだり、と握手の時期があったことがうかがえます。もちろん、倭国が大和朝廷のことなのか、不明の所もありますが、倭=日本と大まかに考えて良さそうです。紀元前から続く朝鮮半島と日本の距離的近さ、関係性の近さは、もっと意識されるべきことなのでしょう。



今週のカルテ

ジャンル歴史
時代・舞台B.C.57~935年の新羅(韓国)
読後に一言王が亡くなる前年や亡くなった年には必ず災いが起こる。そう信じられていたことが本書から見えてきます。下の「印象ぶかい一節」は新羅の始祖の死ぬ前年の記述です。
効用それまでの史書は散逸しており、本書が現存する最古の朝鮮の史書です。
印象深い一節

名言
〈秋九月、二匹の龍が金城の井戸の中に現れると、激しい雷雨が起こり、城南の門に雷が落ちた〉(「新羅本紀第一」)
類書中国から見た朝鮮や日本の姿『東アジア民族史 正史東夷伝(全2巻)』(東洋文庫 264、283)
朝鮮の地誌『択里志』(東洋文庫751)
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