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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 425

『三国史記2』(金富軾著 井上秀雄訳注)

2021/09/09
アイコン画像    豊臣秀吉も高句麗の始祖も
太陽によって生まれてきた!?

 〈或時母懐中に日輪入給ふと夢み、已(すで)にして懐妊し、誕生しけるにより、童名(わらべな)を日吉丸(ひよしまる)と云しなり〉(小瀬甫庵『太閤記』岩波文庫)

 豊臣秀吉の伝記『太閤記』の一節です。お腹の中に太陽が入ったという夢を見たら妊娠した。秀吉を権威づけるためにこしらえた伝説でしょう。

 なぜこんな話を唐突に始めたかといいますと、本書『三国史記2』収録の高句麗の神話に同様のものを見つけ、急に思い出したからです。


 〈……娘をその家の中に閉じ込めたところ、日の光が〔この娘を〕照らした。〔娘が〕身をひいて避けると、日の光はまた娘を追って照らした。このようにして〔娘は〕娠(みごも)り〔やがて〕五升も入るほどの大卵を生んだ〉


 この卵から生まれたのが、〈高句麗の伝説上の始祖〉(ジャパンナレッジ「ニッポニカ」)の朱蒙です。これを読んで、秀吉を想起したのでした。

 日の光が入ってきて身ごもる――。こうした〈天体その他の自然物に触れることによって女性が妊娠するという形式の伝説〉を「感精(かんせい)伝説」(あるいは「感生」)といいます。妊娠のきっかけは、〈日光に照らされる,水浴による,風に吹かれる,果実や魚をのみ込む〉(同「世界大百科事典」)など多種多様。マリアの処女懐胎で生まれたキリストも、「感精伝説」のひとつです。

 本書注釈によれば、〈日光感精伝説は、蒙古・満州など大陸北方の諸民族にひろくみられる民族伝承〉だといいます。高句麗は朝鮮半島の最北端、満州地域と接していますので、その影響も色濃いのでしょう。

 では日本の「日光感精伝説」はどうでしょうか。

 天照大神の項に面白い記述を見つけました。

 〈この神(天照大神)は《日本書紀》《万葉集》などで〈ヒルメ〉とも呼ばれている。日の妻(め),すなわち日神に仕える巫女の意である。(中略)ヒルメは日の神に感精して神の子の母となり,その子が支配者の地位を確立するにつれ,母自身が日の神に昇格してアマテラスとなったと説かれてきた〉(同「世界大百科事典」)

 他にも、渡来系(新羅)の神「天日槍(アメノヒボコ)」などに「日光感精伝説」があり、大陸北方→朝鮮→日本という伝承ルートが考えられそうです。

 神話の中にもまた、この地域の繋がりが色濃く残っていたのです。



本を読む

『三国史記2』(金富軾著 井上秀雄訳注)
今週のカルテ
ジャンル歴史
時代・舞台紀元前1世紀~7世紀頃の百済、高句麗(韓国、北朝鮮)
読後に一言ためしにジャパンナレッジの「日本歴史地名大系」で、「高麗(高句麗の別名)」「新羅」「百済」と検索してみると、多くの項目がヒットします。朝鮮人系渡来人が住み着いた痕跡でしょう。
効用本書は、「高句麗本紀」「百済本紀」を収録。
印象深い一節

名言
〈朱蒙が王位につき、二子をもうけた。長男を沸流といい、次男を温祚といった〉(※「朱蒙」は高句麗の始祖でもある朱蒙。その次男、温祚が百済の始祖となったと伝える)(「百済本紀第一」)
類書アジアの神話を比較する『日本神話の研究』(東洋文庫180)
感生説話も紹介する『中国神話』(東洋文庫497)
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