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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 454|492

『三国史記3、4』(金富軾著 井上秀雄訳注(4は鄭早苗と共訳・共注))

2021/09/16
アイコン画像    一言のあやまちが戦争を起こす?
日本と朝鮮半島の負の歴史

 朝鮮で現存する最古の史書である『三国史記』。新羅本記(第一巻)、高句麗本記、百済本記(共に第二巻)と見てきましたが、これに続くのは、「年表」、地理や官名など雑多な事柄を載せた「雑志」(共に第三巻)、そして「列伝」(第四巻)からなります。特に列伝は、伝説も混じっていて非常に読み応えがありました。

 中でも興味深かったのは「昔于老(せきうろう)」です。

 新羅10代の王・奈解尼師今(なかいにしきん)の子で、大将軍です。自分の兵士のために、自ら赴いてその労苦を慰めるなど、なかなかの人物です。

 ある時、〈倭国の使臣葛那古(かつなこ)が〔客〕館に居る〔時〕、于老が接待し〉ます。


 〈早晩、そなたの国の王を塩奴(潮汲み人夫)にし、王妃を炊事婦にしよう〉


 客と一緒に呑んだのか。それとも虫の居所が悪かったのか。倭国(日本)から来た客人の前で、あろうことか暴言を吐いてしまったのです。

 どうなったか。〈倭王はこの言を聞いて怒り、将軍于道朱君を遣わして、わが国(新羅)を討った〉。自分の言葉が原因であることがわかっている昔于老は、倭軍の陣営に赴き交渉に当たります。昔于老は謝るも、〈倭人は答えず、彼を捕えた。〔そして〕柴を積んで〔于老を〕その上に置き、焼き殺して去って行った〉。

 話には続きがあります。


  〈倭国の大臣が来訪したので、于老の妻は、倭の使臣を私的に饗宴したいと国王に申し出た。その使臣が泥酔すると、壮士に 〔命じて彼を〕庭にひきずり下させて焼き〔殺し〕、以前の怨みをはらした。倭人は怒って金城を攻撃してきたが、勝てずに引き返した〉


 暴言を吐かれたからと、他国に攻め込み、吐いた相手を殺す。今度は殺された昔于老の妻が、倭の要人を殺す。恨みの連鎖――編者・金富軾は次のような意見を続けます。


 〈一言のあやまちが、自らの命をとり、また両国を交戦させることになった。その妻が〔その〕怨恨によく報いてはいるが、しかし〔その方法は〕変則的で、正しいとは〔言え〕ない〉


 けだしその通りでしょう。

 たった一言で戦争が起きるなら、たった一言で平和も訪れるのでは? そんな夢想をしてやみません。



本を読む

『三国史記3、4』(金富軾著 井上秀雄訳注(4は鄭早苗と共訳・共注))
今週のカルテ
ジャンル歴史
時代・舞台紀元前~7世紀の朝鮮半島(韓国、北朝鮮)
読後に一言戦争が始まる時は、些細な出来事が原因なのかもしれません。
効用『三国史記』は朝鮮半島の古代を知る上で、欠かすことの出来ないテキストです。
印象深い一節

名言
天子は天地や天下の名山・大川を祭り、諸侯は社稷と国内の名山・大川とを祭る。(3巻「雑志第一」)
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