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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアの古典・名著がズラリそろって、その数なんと850点余! 後世にぜひ引き継いでいきたい、まさにアジアの文化遺産なのです。

そんな珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、あなたを面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫
『夢渓筆談2、3』(沈括著 梅原郁訳注)

2021/09/30
   石油、化石、方位磁針
世界の科学の先端を走る中世の中国

 北宋中期を生きた沈括(しんかつ/1031~1095)が、5『夢渓筆談』を書き始めたのは1088年、58歳の時だと言われています。65歳で亡くなる1095年の間に書き上げられました。第1回十字軍遠征が1096年。ヨーロッパは中世社会の真っ只中でした。スコラ哲学全盛。端的にいえば、スコラ哲学は、〈中世ヨーロッパのキリスト教哲学〉(ジャパンナレッジ「情報・知識 imidas 2018」の「カタカナ語」)。聖書的世界観が第一でした。

 そんな中にあって、『夢渓筆談』がキラリと輝いているのは、「科学」に対する眼差しです。宗教的縛りが少ないせいなのか、科学に対する探求や叙述が四方八方、自在にのびています。この一点において『夢渓筆談』は世界史的にも希有な著作と言えるでしょう。

 代表的な「!」をピックアップします。


●印刷技術の紹介 〈慶暦年間(一〇四一~一〇四八)、民間人の畢昇(ひつしょう)がさらに活字による印刷をはじめた〉(2巻「技芸」)。畢昇の名を記したのは本書が初めてでした。
●化石の発見 〈土の下から筍子の群落があらわれた。(中略)根茎が連なったまま、すべて石に化している〉(2巻「異事」) 沈括は地殻変動の可能性を指摘しており、注によれば、この指摘は欧州より〈五百年も早い〉。
●地形の変化を認識 〈(山中の断崖に貝殻を見つけ)ここはとりもなおさず昔は海辺だったのだ〉(3巻「雑誌一」) この推理!
●方位磁針を記述 〈磁石で針の先をこすれば、南を指すことになるが、いつもやや東に偏寄り、完全には南を指さない〉(同上) 方位磁針と偏角の記述は、やはり欧州に先んじている。


 他にも数学的な記述や天文学の記述、兵站に関する計算など、沈括の目は科学者のそれです。

 沈括はまた、日本にも影響を及ぼしています。


 〈鄜州(ふしゅう)と延州の境域内には石油がある。昔から「高奴県は脂の水を出す」といわれるのがこれにほかならない〉(同上)


 この「石油」という言葉は、沈括が最初に使用したと言われています。

 〈日本でも石油に関する記録は古く,天智天皇のころ(668)越後の国より〈燃える水〉〈燃える土〉が献上されたのをはじめとして,数々の伝承がある〉(ジャパンナレッジ「世界大百科事典」)

 日本での本格的な石油使用は明治から。その時、沈括の「石油」が言葉として再浮上したというわけです。

 中世の中国には「科学」があった。そのことを沈括の随筆が教えてくれています。



今週のカルテ

ジャンル科学/随筆
時代・舞台11世紀の北宋(中国)
読後に一言沈括は科学者であり、技術者です。政治家でなかった、ということが、晩年の失脚に繋がるのでしょう。
効用11世紀の世界の科学水準が伺えます。
印象深い一節

名言
人間はただ人間界のことだけを知っているにすぎない。人間界の外には、無限の事柄が存在する。こまごました世俗の知識で、奥深い理法を測りきわめることは、どだい困難なことである。(2巻「神奇」)
類書中国が生んだ技術『中国の印刷術(全2巻)』(東洋文庫315、316)
北宋の首都・開封の様子『東京夢華録』(東洋文庫598)
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