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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 604

『前野蘭化2 解体新書の研究』(岩崎克己著 片桐一男解説)

2021/10/14
アイコン画像    蘭学者ではなく、乱学者?
興味で突っ走った前野良沢

 「蘭学の開祖」といわれる前野良沢ですが、良沢を語るには、この人にも登場いただかないわけにはいきません。蘭医学者の杉田玄白です。

 〈前野良沢らとオランダの外科医書「ターヘル‐アナトミア」を翻訳し、安永三年(一七七四)「解体新書」として刊行、蘭学の発達に貢献した〉(ジャパンナレッジ「日本国語大辞典」)

 そもそも『解体新書』は何がすごかったのか。


 〈『解体新書』が『ターヘル・アナトミア』の殆んど逐語的な、また相当正確な翻訳であることは、『蘭学事始』に於ける誇大的とまで思われる苦心談と対比して、正に驚異的な事実と云って宜い〉


 『蘭学事始』とは、杉田玄白著の〈蘭学創始の事情と蘭学発達の跡をまとめた回想録〉(同「国史大辞典」)のことです。著者が「誇大的」と揶揄するのは、玄白の蘭語力が低い、という著者の見立てによります。

 著者によれば、『ターヘル・アナトミア』翻訳の中心人物は良沢だったそうです。それを『解体新書』にまでまとめあげたのが玄白。で、玄白自ら、クルムス(「ターヘル・アナトミア」の原著「解剖図譜」の著者)の「自序」を訳します。著者はこれを〈人を莫迦(バカ)にした翻訳〉と斬って捨てます。誤訳だらけだというのです。

 では玄白はどうしようもない人物だったのか。

 そうではありません。著者も〈和蘭医学隆昌の基礎を為した〉と評価します。〈医師・医学者としての一本路を、傍目もふらず進んで行った〉のが玄白でした。

 では良沢は? 良沢は医学よりも語学に注力します。いや、注力というのは語弊があって、彼の元には多くの翻訳の依頼が舞い込んだのです。つまり、研究のために蘭書を読んだのではなく、門外漢のものも仕事のために読み、訳した。〈何でも御座れ屋〉だと著者はこき下ろします。蘭学者ではなく、〈乱学者〉と手厳しい。

 その理由のひとつに〈知識欲〉があったと著者は指摘しますが、実際、良沢の興味関心は、まるで翼がついたよう。医学だけでなく、〈天文・地理・数学・物理学・歴史・兵学・文学等、西洋文化の殆んど全般に手を延ばして、その飜訳草稿を遺している〉のです。

 良沢を評価するだけに、一意専心しない彼を著者は否定的に捉えますが、「良沢、行け、行け!」と私は思ってしまいました。ありとあらゆる新しい情報が向こうからやってくる。良沢はそのことを楽しんでいたのではないでしょうか。



本を読む

『前野蘭化2 解体新書の研究』(岩崎克己著 片桐一男解説)
今週のカルテ
ジャンル科学(医療)/評論
刊行年・舞台1938年(自費出版)/江戸時代の日本
読後に一言前回、前野良沢は48歳から蘭語研究を始めたと紹介しましたが、その後の知識に対する欲求はとどまるところを知りません。
効用第二巻である本書は、『解体新書』そのものにスポットを当てます。「翻訳」面を深掘りしたのが、本書の特徴です。
印象深い一節

名言
若し真理探究の熱意がほんとにその人に存するならば、徒らに老人的・廃人的な回想に耽ることの代りに、旧知識の整理と新知識の把握とに対して、渾身の努力を払って然るべきである。(第八章「解体新書の蘭語学的観察」)
類書日本の病気との闘いの歴史『日本疾病史』(東洋文庫 133)
幕末~明治の2人の医師の自伝『松本順自伝・長与専斎自伝』(東洋文庫 386)
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