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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 612

『前野蘭化3 著訳篇』(岩崎克己著 片桐一男解説)

2021/10/21
アイコン画像    あなたに夢はありますか?
夢を求めぬ良沢の生き方

 将来の夢はありますか? あなたならどう答えますか(もしくは、20歳時のあなたの夢は?)。こんな問いに夢が「ある」と答えた新成人は54.4%だそうです(マクロミル「2018年 新成人に関する調査」)。つまり、将来が見えない人が半数いるということです。

 さて前野良沢の夢は何だったのでしょうか。

 辞書的には〈江戸時代中期の蘭学者、蘭方医〉(ジャパンナレッジ「国史大辞典」)と紹介される良沢ですが、蘭医か、といわれると疑問。だいたい、『解体新書』を訳し終えたあとの行動がアヤシイのです。

 〈『解体新書』公刊に際し、良沢は自己の名の掲載を拒絶、その後は(杉田玄白ら)会読の同志とも疎遠になり、著訳に従事した〉(同前)

 『解体新書』会読の同志をみてみましょう。

●杉田玄白〈主家への勤務、患者診療、患家往診の間、学塾天真楼を経営、(中略)蘭学の発展に貢献した〉(同「国史大辞典」)

●中川淳庵〈青年時代からすでに本草家として知られていた〉(同「ニッポニカ」)

●桂川甫周(4代)〈幕府医学館教授、外科担当となり、顕微鏡を医学に初めて応用した〉(同前)

 玄白は、蘭医として後進の育成にあたり、淳庵は蘭学の知識で薬草学を深め、4代甫周は幕府医学館教授に出世します。では良沢は?

 本書は、良沢の著書、訳書を集めたものですが、いくつか引用してみます。


 〈空気ノ地球ヲ包ム者ニシテ、其厚サ、地平ヨリ上四十五度ノ分ニ及ブ〉
 〈L el エル 「エ」字ヲ帯テ、「ル」音ヲ軽ク呼ブナリ。先ヅ舌ヲ下顎ニ著テ、乃唇ヲ合ワセナガラ、「ル」音ヲ発スルナリ〉


 前者は、良沢の〈考察を織り込んだ宇宙観を示した書〉である「管蠡秘言」。後者はオランダ語のアルファベットの読み方を述べた「字学小成」。この雑多さからも分かるとおり、玄白らのように「おれはこれをやるぜ!」という具体が見えてきません。しかも、人付き合いも苦手で、〈交際ぎらい〉(同「国史大辞典」)。

 夢=野望から目を背け、人の評価も気にしない。そもそも医者になったのも、育ての親が藩医だったから。そんなヘンクツ良沢像がアタマの中で実を結びました。夢を求めない生き方もあるよね。



本を読む

『前野蘭化3 著訳篇』(岩崎克己著 片桐一男解説)
今週のカルテ
ジャンル科学(医療)/評論
時代・舞台1938年(自費出版)/江戸時代の日本
読後に一言教科書からはうかがいしれない、意外な偉人の姿が見えてきました。
効用西洋の築城法を訳した『和蘭築城書』や、物理学に踏み込んだ『飜訳運動法・測曜璣図説』などなど、興味深い著書、訳書が9作品、収められています。
印象深い一節

名言
飜訳ノ業ハ、専言語ノ書ヲ修ルニ在(「和蘭訳筌」)
類書日本初の図入り百科事典『和漢三才図会(全18巻)』(東洋文庫447ほか)
蘭医の娘のエッセイ『名ごりの夢』(東洋文庫9)
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