1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
初の勅撰和歌集『古今和歌集』を あの本居宣長が口語に訳すと? |
〈やまとうたは、人の心を種として、万(よろづ)の言の葉とぞなれりける〉(ジャパンナレッジ「新編 日本古典文学全集」「古今和歌集」の項)
日本初の勅撰和歌集『古今和歌集』の冒頭にある、撰者・紀貫之の「仮名序」である。人の心を種に喩えれば、「やまとうた(和歌)」とは、種から生じて口から出て無数の葉になったものだとする。この歌論は、〈後世に大きな影響を与えた〉(同「ニッポニカ」「古今和歌集」の項)。
この序が、漢文ではなく仮名で書かれたところがミソ。漢文=真=中国という意識がある中での仮名だ。ここに日本文化のひとつの萌芽を見ることも可能ではないか。
「日本」というものに意識的だった本居宣長は、この『古今和歌集』に果敢に挑む。著書『古今集遠鏡(とおかがみ)』は、〈最初の口語訳〉(同「世界大百科事典」)だ。
宣長による「はしがき」をざっくり要約すると、遠くの高い山(=古今和歌集)を知ろうとする際、山の近くに住む人が語る詳しい話を聞いてもピンと来ない。しかし遠鏡(=望遠鏡)で見れば、葉の色の違いまでハッキリ見える。宣長が〈いにしへの雅言(ミヤビゴト)〉を、〈俗言(サトビゴト)〉=庶民が用いる口語に訳したのは、その意味であった。〈たゞに耳にきゝとらでは、わきがたければ〉と書いているところもポイントで、雅言では耳で聞いても分からないが、口語ならば詩の内容を耳で掴める。つまり宣長は、音読で味わうことを前提に、この『古今集遠鏡』を著したのだ。
では、どう訳したか。仮名序冒頭は、こうなる。
〈哥(歌)ト云物ハ人ノ心ガタネニナツテ イロイロノ詞(ことば)ニサナツタモノヂヤワイ〉
昔話を思わせる語り口調だが、これが宣長の狙いだった。「はしがき」には、なり・なる・なれは、〈ヂ_ヤと訳す〉とある。けり・ける・けれは、〈ワイと訳す〉。〈よろづのことのは(万の言の葉)とぞ〉の「ぞ」は、勢いをいかして「サ」を当てた。よって、〈よろづのことのはとぞなれりける〉は、〈イロイロノ詞ニサナツタモノヂヤワイ〉となった。
こうなると、歌をどう訳したかも気になる。
〈月ヲ見レバ オレハイロイロト物ガサ悲シイワイ オレヒトリノ秋デハナケレド〉
山頭火を彷彿とさせる寂寞感があるが、元歌はこれ。
〈月見ればちゞにものこそかなしけれ我身ひとつの秋にはあらねど 大江千里〉
両歌とも声に出してみる。秋が深まった。
ジャンル | 詩歌/文学 |
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時代・舞台 | 1797年刊行(江戸) |
読後に一言 | ある年代にしか共感されないでしょうが、アニメ「まんが日本昔ばなし」の常田富士男さんが読んでいると想像すると、宣長訳はさらにグッときます。 |
効用 | 第1巻には、「春歌」から「物名」まで掲載されています。 |
印象深い一節 ・ 名言 | 哥(歌)はことに、心のあるやうを、たゞにうち出たる趣なる物なるに……(一の巻「古今集遠鏡(はしがき)」) |
類書 | 宣長研究の名著『増補 本居宣長(全2巻)』(東洋文庫746、748) 古今和歌集も論じる『国文学全史 平安朝篇(全2巻)』(東洋文庫198、247) |
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