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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

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『古今集遠鏡1』(本居宣長著 今西祐一郎校注)

2021/11/11
アイコン画像    初の勅撰和歌集『古今和歌集』を
あの本居宣長が口語に訳すと?

  〈やまとうたは、人の心を種として、万(よろづ)の言の葉とぞなれりける〉(ジャパンナレッジ「新編 日本古典文学全集」「古今和歌集」の項)

 日本初の勅撰和歌集『古今和歌集』の冒頭にある、撰者・紀貫之の「仮名序」である。人の心を種に喩えれば、「やまとうた(和歌)」とは、種から生じて口から出て無数の葉になったものだとする。この歌論は、〈後世に大きな影響を与えた〉(同「ニッポニカ」「古今和歌集」の項)。

 この序が、漢文ではなく仮名で書かれたところがミソ。漢文=真=中国という意識がある中での仮名だ。ここに日本文化のひとつの萌芽を見ることも可能ではないか。

「日本」というものに意識的だった本居宣長は、この『古今和歌集』に果敢に挑む。著書『古今集遠鏡(とおかがみ)』は、〈最初の口語訳〉(同「世界大百科事典」)だ。

 宣長による「はしがき」をざっくり要約すると、遠くの高い山(=古今和歌集)を知ろうとする際、山の近くに住む人が語る詳しい話を聞いてもピンと来ない。しかし遠鏡(=望遠鏡)で見れば、葉の色の違いまでハッキリ見える。宣長が〈いにしへの雅言(ミヤビゴト)〉を、〈俗言(サトビゴト)〉=庶民が用いる口語に訳したのは、その意味であった。〈たゞに耳にきゝとらでは、わきがたければ〉と書いているところもポイントで、雅言では耳で聞いても分からないが、口語ならば詩の内容を耳で掴める。つまり宣長は、音読で味わうことを前提に、この『古今集遠鏡』を著したのだ。

では、どう訳したか。仮名序冒頭は、こうなる。


 〈哥(歌)ト云物ハ人ノ心ガタネニナツテ イロイロノ詞(ことば)ニナツタモノヂヤワイ〉


 昔話を思わせる語り口調だが、これが宣長の狙いだった。「はしがき」には、なり・なる・なれは、〈ヂ_ヤと訳す〉とある。けり・ける・けれは、〈ワイと訳す〉。〈よろづのことのは(万の言の葉)とぞ〉の「ぞ」は、勢いをいかして「」を当てた。よって、〈よろづのことのはとぞなれりける〉は、〈イロイロノ詞ニナツタモノヂヤワイ〉となった。

 こうなると、歌をどう訳したかも気になる。


 〈月ヲ見レバ オレハイロイロト物ガ悲シイワイ オレヒトリノ秋デハナケレド〉


 山頭火を彷彿とさせる寂寞感があるが、元歌はこれ。


 〈月見ればちゞにものこそかなしけれ我身ひとつの秋にはあらねど 大江千里〉

 両歌とも声に出してみる。秋が深まった。



本を読む

『古今集遠鏡1』(本居宣長著 今西祐一郎校注)
今週のカルテ
ジャンル詩歌/文学
時代・舞台1797年刊行(江戸)
読後に一言ある年代にしか共感されないでしょうが、アニメ「まんが日本昔ばなし」の常田富士男さんが読んでいると想像すると、宣長訳はさらにグッときます。
効用第1巻には、「春歌」から「物名」まで掲載されています。
印象深い一節

名言
哥(歌)はことに、心のあるやうを、たゞにうち出たる趣なる物なるに……(一の巻「古今集遠鏡(はしがき)」)
類書宣長研究の名著『増補 本居宣長(全2巻)』(東洋文庫746、748)
古今和歌集も論じる『国文学全史 平安朝篇(全2巻)』(東洋文庫198、247)
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