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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 772

『古今集遠鏡2』(本居宣長著 今西祐一郎校注)

2021/11/18
アイコン画像    恋こそ「もののあはれ」なり
小町の恋歌、宣長の恋の調べ

 本居宣長は、『源氏物語』を「もののあはれ」の物語だと看破した。〈「源氏物語」の評論・注釈〉(ジャパンナレッジ「日本国語大辞典」)の書である『源氏物語玉の小櫛』に、こうある。

 〈人の情(こころ)の感ずること、恋にまさるはなし〉

 続けて、〈もののあはれのふかく、忍びがたきすぢは、殊に恋に多くして、神代より、世々の歌にも、その筋を詠めるぞ、殊に多くして(中略)心ふかくすぐれたるも、恋の歌にぞ多かりける〉と分析した(『日本古典文学大系 近世文学論集』岩波書店)。源氏物語・もののあはれ・恋の歌、この3つが、宣長の中で繋がっていたのである。

 実際、和歌に恋の歌は多い。〈『古今和歌集』から『新古今和歌集』まで、平安前期から鎌倉初期に至る八代の勅撰和歌集〉(同「ニッポニカ」)のことを「八代集」といい、それぞれ春夏秋冬などテーマ別に和歌が収録されているが、どの歌集も多くのボリュームを割いているのが「恋歌」である。

 恋歌に「もののあはれ」を見た宣長は、『古今和歌集』の恋歌をどう口語に置き換えたのだろうか。試みに、(1) ジャパンナレッジ「新編 日本古典文学全集」の「古今和歌集」から元の歌、(2)現代語訳、(3)そして「古今集遠鏡」の宣長訳を並べてみたい。


 まずは小野小町の有名な恋歌から。

(1)〈思ひつつ寝(ぬ)ればや人の見えつらむ夢と知りせば覚めざらましを〉
(2)〈あの人のことを何度も恋しく思いながら寝たので、あの人が夢に現れたのだろうか。もし、それが夢と知っていたならば、私は目を覚まさなかっただろうに。〉
(3)〈思ヒ思ヒ寐ルユヱニヤラ 恋シイ人ガ夢ニ見エタ 其時ニ夢ヂヤト知タナラ サマサズニオカウデアツタモノヲ ヲシイコトヲシテサマシテノケタ〉


 続いては、紀貫之の名歌。

(1)〈忍ぶれど恋しきときはあしひきの山より月のいてでこそくれ〉
(2)〈我慢をしようにもあの人が恋しくてとても我慢のできない時には、山から月がすうっと出てくるように、私も知らずに家を出てきてしまうのですよ〉
(3)〈ズイブンカクシシノブレケレドモ キツウ恋シイ時ニハ エコラヘズニ 月ガ出テヨウ見エルノニ 此ヤウニ出テクルワイ〉


 宣長の訳詩にはフシがある。なるほど「恋の調べ」とはこのことなのか。



本を読む

『古今集遠鏡2』(本居宣長著 今西祐一郎校注)
今週のカルテ
ジャンル詩歌/文学
時代・舞台1797年刊行(江戸)
読後に一言宣長に「和歌は音読する」と教わった気がします。
効用校注者の「解説」は本巻所収。
印象深い一節

名言
ヨノ中ト云モノハマアカウシタコトヂヤワイ マア聞テ下サレ マダ一目モ見タコトモナイ人モ 此ヤウニ恋シイヂヤワイ(世中はかくこそ有けれふく風のめに見ぬ人も恋しかりけり/紀貫之)(四の巻「古今和歌集巻第十一遠鏡」)
類書同時期の訳詩集ベストセラー『唐詩選国字解(全3巻)』(東洋文庫405ほか)
同時期の名紀行『菅江真澄遊覧記(全5巻)』(東洋文庫54ほか)
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