1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
恋こそ「もののあはれ」なり 小町の恋歌、宣長の恋の調べ |
本居宣長は、『源氏物語』を「もののあはれ」の物語だと看破した。〈「源氏物語」の評論・注釈〉(ジャパンナレッジ「日本国語大辞典」)の書である『源氏物語玉の小櫛』に、こうある。
〈人の情(こころ)の感ずること、恋にまさるはなし〉
続けて、〈もののあはれのふかく、忍びがたきすぢは、殊に恋に多くして、神代より、世々の歌にも、その筋を詠めるぞ、殊に多くして(中略)心ふかくすぐれたるも、恋の歌にぞ多かりける〉と分析した(『日本古典文学大系 近世文学論集』岩波書店)。源氏物語・もののあはれ・恋の歌、この3つが、宣長の中で繋がっていたのである。
実際、和歌に恋の歌は多い。〈『古今和歌集』から『新古今和歌集』まで、平安前期から鎌倉初期に至る八代の勅撰和歌集〉(同「ニッポニカ」)のことを「八代集」といい、それぞれ春夏秋冬などテーマ別に和歌が収録されているが、どの歌集も多くのボリュームを割いているのが「恋歌」である。
恋歌に「もののあはれ」を見た宣長は、『古今和歌集』の恋歌をどう口語に置き換えたのだろうか。試みに、(1) ジャパンナレッジ「新編 日本古典文学全集」の「古今和歌集」から元の歌、(2)現代語訳、(3)そして「古今集遠鏡」の宣長訳を並べてみたい。
まずは小野小町の有名な恋歌から。
(1)〈思ひつつ寝(ぬ)ればや人の見えつらむ夢と知りせば覚めざらましを〉
(2)〈あの人のことを何度も恋しく思いながら寝たので、あの人が夢に現れたのだろうか。もし、それが夢と知っていたならば、私は目を覚まさなかっただろうに。〉
(3)〈思ヒ思ヒ寐ルユヱニヤラ 恋シイ人ガ夢ニ見エタ 其時ニ夢ヂヤト知タナラ サマサズニオカウデアツタモノヲ ヲシイコトヲシテサマシテノケタ〉
続いては、紀貫之の名歌。
(1)〈忍ぶれど恋しきときはあしひきの山より月のいてでこそくれ〉
(2)〈我慢をしようにもあの人が恋しくてとても我慢のできない時には、山から月がすうっと出てくるように、私も知らずに家を出てきてしまうのですよ〉
(3)〈ズイブンカクシシノブレケレドモ キツウ恋シイ時ニハ エコラヘズニ 月ガ出テヨウ見エルノニ 此ヤウニ出テサクルワイ〉
宣長の訳詩にはフシがある。なるほど「恋の調べ」とはこのことなのか。
ジャンル | 詩歌/文学 |
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時代・舞台 | 1797年刊行(江戸) |
読後に一言 | 宣長に「和歌は音読する」と教わった気がします。 |
効用 | 校注者の「解説」は本巻所収。 |
印象深い一節 ・ 名言 | ヨノ中ト云モノハマアカウシタコトヂヤワイ マア聞テ下サレ マダ一目モ見タコトモナイ人モ 此ヤウニ恋シイヂヤワイ(世ノ中はかくこそ有けれふく風のめに見ぬ人も恋しかりけり/紀貫之)(四の巻「古今和歌集巻第十一遠鏡」) |
類書 | 同時期の訳詩集ベストセラー『唐詩選国字解(全3巻)』(東洋文庫405ほか) 同時期の名紀行『菅江真澄遊覧記(全5巻)』(東洋文庫54ほか) |
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