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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

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『騎馬民族史 1 正史北狄伝』(内田吟風、田村実造、他訳注)

2021/11/25
アイコン画像    万里の長城を築かせたのは、
「匈奴」への恐怖心だった

 『子不語2』(東洋文庫790)に、こんな話がある。

 中国の湖北省に房山に住む毛人――毛むくじゃらの怪人は山を降りては人や鶏を喰らう。鉄砲も効かず、刃向かえば捕まる。唯一逃れる方法は、手を叩いて「長城を築け、長城を築け」と叫ぶことだという。土地に者によれば、毛人は秦の時に長城の築城に駆り出された人夫で、山中に逃れ、怪人となった。ゆえに「長城を築け」という言葉に逃げ出すのだという。

 長城とはもちろん、万里の長城である。ジャパンナレッジで「万里の長城築造の変遷」と引いてもらうと地図が出てくるが(「ニッポニカ」「百科マルチメディア」)、長城が南北を分断するように築かれているのがわかる。では北には何があったのか。それが、本書『東アジア民族史1』の主役のひとつでもある「匈奴(きょうど)」である。

『騎馬民族史』は、古くから中央アジア乾燥地帯に生きた遊牧騎馬民族の歴史を、中国の史書の記述から拾い出し再構成したものである。中国が彼らをどう見て、どう関わってきたか、という歴史だ。

 そもそも「匈奴」という名からして、中国が彼らを恐れていたことがわかる。「匈」は〈おそれる〉の意で、「胸」の異体字でもある。〈不安のとき胸に衝撃を受ける〉ので、匈=胸というわけだ(ジャパンナレッジ「字通」)。「奴」は〈いやしいものにつけていう〉(同前)蔑みの言葉で、恐れつつも蔑む、という中国人の心根が透けてみる。


 〈一旦急変あるときには、人々は攻戦になれており、侵掠攻伐をする。これが天性である〉(史記)

 〈士はみな力強く弓を引くことができ、すべて甲冑をつけた騎士となる〉(漢書)


 万里の長城についておさらいすると、〈春秋戦国時代の諸国が築いた城壁を利用して、秦の始皇帝が構築し、匈奴に対する防御線としたもの〉(同「日本国語大辞典」「ばんり【万里】」の子項目、「ばんり(万里)の長城」の項)だ。始皇帝の恐れを具現化した「壁」であった。

 だがこんな指摘もある。

 〈歴史的事実のうえからみると、外敵防御という長城構築の目的はほとんど達成されておらず、単に威圧感を与えた程度といってよかった〉(同「ニッポニカ」「万里の長城」の項)

 中国人を震撼させた匈奴だが、世界をも動かした。一説には、〈匈奴の子孫が、ヨーロッパの民族大移動を引き起こす機縁となったフンである〉(「ニッポニカ」)といわれている。歴史も世界も繋がっている。



本を読む

『騎馬民族史 1 正史北狄伝』(内田吟風、田村実造、他訳注)
今週のカルテ
ジャンル歴史
時代・舞台紀元前12世紀頃~800年代の中国、モンゴル、ロシア、カザフスタン
読後に一言ちなみに、現存する万里の長城の大半は、明代のものだそうです。
効用他に「烏桓(うがん)」や「契丹(きたい、きったん)」などの歴史を載せる。
印象深い一節

名言
(匈奴は)事を挙行するにあたっては、星や月を観察する。月が盛壮(みちさかん)であれば攻戦し、月がかければ兵を退ける。(「史記匈奴伝」)
類書中国の史書から見た日本や朝鮮半島『東アジア民族史(全2巻)』(東洋文庫264、283)
匈奴についても論評する『東洋における素朴主義の民族と文明主義の社会』(東洋文庫508)
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