1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
オオカミを崇めるか忌むか アジア遊牧民族と狼と |
狼についてあれこれ考えてみたい。『ONE PIECE』のキャラ・ヤマトが、イヌイヌの実幻獣種モデル・大口真神(オオクチノマカミ)の能力者だから、というわけではない。本書『騎馬民族史 2』のこの記述に「おっ!」と思ったからである。
〈(滅ぼされた)一族のなかに、一人の十歳になるかならぬかの子どもがいたが、戦士たちは、その小さいのを見て、殺すに忍びず、ただ足をきり、草の茂った湿原の中に棄てておいた。牝の狼がいて、肉をその子どもに食べさせた。〔かれは〕成長して狼と交わり、〔狼〕は懐胎した〉
狼は10人の男の子をなし、その後嗣・阿史那氏が「突厥(とっけつ/とっくつ)」を支配したという。突厥は、〈6~8世紀に北アジアを中心とし中央アジアをも支配したトルコ系部族およびそれを中心とする遊牧部族連合国家の名称〉(ジャパンナレッジ「世界大百科事典」)だ。
この阿史那氏の祖先は金山(アルタイ山)の南に居住して鉄工となった。金山の形が兜に似ていて、兜のことを突厥といったので、それが国の呼び名になったと「周書」は伝える。史実では、阿史那氏は、〈豊富な鉱産資源を背景にした鍛鉄技術を生かして勢力を拡大した〉(同上)ので、兜の話はあながち間違いではない。実際は、〈Türk(チュルク、トルコ)を音写したものであるという説が有力〉(ジャパンナレッジ「ニッポニカ」「突厥」の項)だ。
モンゴル帝国の建国者、チンギス・ハンの一族もまた、狼始祖の伝説を持つ。中国西域の遊牧民は〈オオカミに対する畏怖から神獣や部族の守護神とみなした〉(同「世界大百科事典」「オオカミ」の項)という説があるが、欧州では専ら野獣である。英語のwolfは、〈インド・ヨーロッパ語系の言語では〈奪う,引っぱる,ひきずる〉の語源〉を有しているほどで、家畜を襲う狼は忌み嫌われた。中国でも〈つねに残忍貪欲の悪役〉だが、日本では〈古代から聖獣と考えられ,人語を解し人の性の善悪を見分けて悪人を害し善人を守ると信じられた〉(同前)。〈大口の 真神の原に 降る雪は~〉(同「新編 古典文学全集」)とは『万葉集』の歌で、「真神」は〈オオカミの古名〉(同「デジタル大辞泉」)。狼は山の神であった。
だが日本でも、江戸になると狼は害獣になっていく。害を加えようとする人間を「送り狼」と呼ぶ用例が見えるのも江戸以降だ。だとすれば、狼を崇めるか忌むかの時代の境目は、人が山を開発した時期と重なり合うのかもしれない。
ジャンル | 歴史 |
---|---|
時代・舞台 | 6世紀~9世紀の中国、モンゴル、カザフスタン、ウズベキスタン、キルギス、ロシア |
読後に一言 | どんな出自の人を始祖としたかで、その国や地域の人々の世界観が見えてくるようです。どなたか始祖インデックスを作ってはくれまいか。 |
効用 | 他に「鉄勒(てつろく)」や「回鶻(かいこつ)」などの歴史を載せる。 |
印象深い一節 ・ 名言 | (回鶻の)人々は、強くて勇ましい。〔かれらには〕最初は酋長がおらず、水草を追って転々として移動し、騎射が上手で、掠奪を好んだ。(「新唐書回鶻伝上」) |
類書 | 「蒼き狼」伝説から始まる『モンゴル秘史(全3巻)』(東洋文庫163ほか) モンゴルに語り継がれた伝説の数々『オルドス口碑集』(東洋文庫59) |
ジャパンナレッジは約1900冊以上(総額850万円)の膨大な辞書・事典などが使い放題のインターネット辞書・事典サイト。
日本国内のみならず、海外の有名大学から図書館まで、多くの機関で利用されています。
(2024年5月時点)