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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 370

『中国の布教と迫害 イエズス会士書簡集』(矢沢利彦編訳)

2022/02/10
アイコン画像    はるか昔、中国に渡ってきた
ユダヤ人がいた――

 人々はなぜ移動するのか。

 思わずそんな哲学的命題を考えざるを得ない記述にぶつかりました。テキストは『中国の布教と迫害 イエズス会士書簡集』。18世紀、清朝で布教していた宣教師による書簡、レポートをまとめたものです。当時の中国、および布教の状況を知る上で、格好の書でしょう。

 第一書簡は河南省開封に在住するユダヤ人に関する報告で、第二、第三書簡はこれを補う報告書。このうち、マテオ・リッチ(16世紀末から17世紀初頭に明で布教にあたった宣教師)の手記なども用いる第三書簡には、次のような記載がみえます。


 〈さてこれらのユダヤ人がシナに入国した時代のことに移りましょう。かれらは終始全宣教師に対して、かれらが漢朝の治下に入国したと称しており、かれらの碑文も同じことを述べております〉


 場所は、河南省の開封(かいほう)。〈中国六大古都の一つで、戦国の魏(ぎ)以来7王朝が国都を置〉いたという都市です(ジャパンナレッジ「ニッポニカ」)。この地に、〈十ないし十二のイスラエル人の家族〉があり、〈モーゼの五書の大変古い写本〉を有している、というのです。しかも彼らは、〈明帝の治世に到着したと確言した〉とあります。報告者の宣教師は、このこととエルサレム(本書ではイエルサレム)の滅亡を結びつけます。

 明帝は〈中国,後漢の2代皇帝劉荘。在位57-75〉(同「世界大百科事典」)です。エルサレムの滅亡とは「ユダヤ戦争」のことで、これは〈ローマ帝国とパレスティナのユダヤ民族との間の戦争〉です。〈70年にはエルサレムも陥落し〉(同上)ます。明帝の代は75年まで。開封のユダヤ教徒が、エルサレム滅亡後に中国に渡ってきたと考えれば整合性がとれるのではないか、と報告に記します。

 実際のところ、彼らはどんな姿だったのか。


 〈かれの風貌は、鼻といい、眼といい、顔つき全体といい、シナ人のそれとは大変違っていた〉


 これは「注」の中の表記ですが、これをみても、彼らはユダヤ人と考えていいでしょう。少なくとも、ユダヤ教を信じる、(中国人から見て)異人だったことは間違いありません。彼らは、おそらく土地を追われ、中国にたどり着き、そこに根を生やしたのでしょう。

 考えてみれば、アフリカからの「移動」によって人類の歴史は成り立っています。彼らはなぜ移動したのか。どうして「ここだ!」と足を止めたのか。前者の問いも後者の問いも、はっきりとした答えはありません。

 1700年代にわざわざ中国大陸に布教にいった欧州の宣教師が、1000数百年まえに中国に来たと主張するユダヤ教徒と遭遇する。何とも不思議な話ではないでしょうか。



本を読む

『中国の布教と迫害 イエズス会士書簡集』(矢沢利彦編訳)
今週のカルテ
ジャンル記録/宗教
時代・舞台1700年代の中国(清)
読後に一言ユダヤ教徒に関する書簡は3編。これを読むだけでも価値があろうというもの。
効用中国のキリスト教徒たちがどうなったか。彼らの追い詰められていった記録です。
印象深い一節

名言
迫害という言葉は毎日われわれの耳に鳴り響いています。(「第十九書簡」)
類書本書の本編にあたる『イエズス会士中国書簡集(全6巻)』(東洋文庫175ほか)
同シリーズの別冊『中国の医学と技術 イエズス会士書簡集』(東洋文庫301)
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