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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

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『東洋遍歴記2』(メンデス・ピント著 岡村多希子訳)

2022/02/24
アイコン画像    鉄砲伝来に立ち会っていた!?
ピント版「その時歴史が動いた」

 一騎打ち、以後(15)、ようせん(43)鉄砲伝来。

 最近は、1543年の鉄砲伝来をこんな語呂で覚えているようです。わたしは勝手に「以後(15)、黄泉(43)の国へ」と覚えていましたが……。

 〈1543年(天文12)九州種子島に漂着したポルトガル人によって初めて欧州の鉄砲が伝来した。(中略)新来の兵器鉄砲は数年のうちに急速に各地の戦国大名らに採用され,戦国の主要兵器となっていった〉(ジャパンナレッジ「世界大百科事典」「鉄砲」の項)

 皆が知る事実です。ただし、このことは〈欧州側史料では1542年のことという〉(同上)ともあります。

 この歴史的事件に「犯人はオレだ!」と手を挙げた人物がいます。本書『東洋遍歴記』の著者、ポルトガル人のメンデス・ピントです。

 ピントたち一行は、紆余曲折ありつつも、中国系の海賊に拾われ、共に種子島に到着します。


 〈(種子島の領主が)私たち三人のポルトガル人を見ると、この三人は何ものかと尋ねた〉


 鬚と顔立ちの違いから中国人でないと気づき、問いただしたのです。そしてポルトガル人と知ると〈二時間以上にわたって〉質問攻め。好奇心を満足させる存在として、ピントらは大いに歓待されたのでした。

 この時、ディオゴ・ゼイモトという1人のポルトガル人が、〈持っていた鉄砲を時々発射しては暇つぶしをしていた〉。これが、本書における、日本人と南蛮銃の邂逅です。と、いうことはですよ、あの鉄砲伝来の歴史的場面に、ピントは立ち会ったということになります。実はこの時のことが、ポルトガル側の資料に残されています。

 〈ポルトガル側の基本資料であるアントニオ=ガルワンAnttónio Galvãoの『世界新旧発見史』には、一五四二年に、アントニオ=ダ=モッタ、フランシスコ=ゼイモト、アントニオ=ペイショットとよぶ三人のポルトガル人が、中国人のジャンクに乗って、ジャポエス(日本)という一島に漂着した事実が語られている〉(ジャパンナレッジ「国史大辞典」「鉄砲伝来」の項)

 本書に登場する漂着した三人は、ピント、ディオゴ・ゼイモト、クリストヴァン・ボラリョです。ゼイモトに関連性は見出せますが、それもそのはず、どうもピントは、『世界新旧発見史』を読んでこの記述を書いたようなのです。それにしては記述はイキイキ、真に迫ります。

 何より、日本人が質問攻めにした、というところが面白い。この好奇心こそその後の鉄砲の爆発的普及にも繋がるのですものね。



 

本を読む

『東洋遍歴記2』(メンデス・ピント著 岡村多希子訳)
今週のカルテ
ジャンル紀行/文学
時代・舞台1500年代中頃の中国、日本、マレーシア
読後に一言「日本語大辞典」と「デジタル大辞泉」は、ピントの項目で、〈種子島に鉄砲を伝えた一行の一人という〉と、ピント=鉄砲伝来の可能性を捨てていません。ロマン残る辞書の記述ですね。
効用虚実はともかく、1500年代中頃の中国、日本を活写しているのも事実。当時の人々がいきいきと動いています。
印象深い一節

名言
(その後鉄砲が急速に広まったことから)この国民(日本人)がどんな人たちか、生来どんなに武事を好んでいるかがわかるであろう。(第百三十四章)
類書室町末期を虚実入り混ぜて描いた『室町殿物語(全2巻)』(東洋文庫380、384)
宣教師ルイス・フロイスが見た16世紀後半の日本『日本史(全5巻)』(東洋文庫4ほか)
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