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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

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『天主実義』(マテオ・リッチ著 柴田篤訳注)

2022/03/10
アイコン画像    中国にキリスト教を広めた
立役者の異文化交流力

 マテオ・リッチを語るには、奇妙な符合を意識せざるを得ません。日本にキリスト教をもたらしたフランシスコ・ザビエルが亡くなったのは、1552年のこと。中国大陸への布教を目前にしての病死でした。同年、イタリアで生を受けたのが、本書の著者マテオ・リッチです。

 〈イタリアのイエズス会宣教師。漢名、利瑪竇(りまとう)。中国、明の万暦帝に置時計などを献じて、北京定住を許され、中国にカトリック布教の基礎を築いた〉(ジャパンナレッジ「日本国語大辞典」)

 リッチは、ザビエルがなし得なかった中国への布教を推し進めたのでした。では、どうやって布教の基礎を築いたのか。それが本書、教理問答書の『天主実義』です。〈中士(中国人)の問いと西士(西洋人=リッチ)の答え〉(同「世界大百科事典」)という形式が特徴的です。

 宗教を問答によって明らかにする。この方法は、二人の尼僧の問答で神儒仏を批判した「妙貞問答」(『南蛮寺興廃記・邪教大意・妙貞問答・破提宇子』東洋文庫14)や、ギリシア人王と仏教長老の対話で仏教を語る『ミリンダ王の問い』(東洋文庫7ほか)でもみられる形式です。

 『天主実義』を読むと、リッチの巧みさが浮かび上がってきます。


 〈我々の天主は、[中国]古代の経書で上帝と呼ばれているものです〉


 「天主」とは、〈ラテン語のデウスdeusの訳語〉(同「ニッポニカ〉)です。「上帝」とは「天帝」と同義で、〈古代中国の思想で、天地・万物を支配する神〉(同「デジタル大辞泉」「天帝」の項)のこと。リッチは『中庸』など儒教の言葉などを引用し、儒教的世界観とキリスト教を接続していきます。わたしたちは同じ神を見ていた、というのがリッチの口説き文句だったのです。

 その代わり、道教と仏教をとことん攻撃します。理由はそれらが「無」や「空」を根本に置いているから。一方で儒教は根源に「実」を置くから正しい、とします。


〈もし万物の根源が空虚であって実在もしないものであれば、それが生み出すものも空虚であって実在もしないものなのです〉


 物理的な視点を持ち込むのも、リッチの手管です。

 (1)相手の文化(儒教)をベースにして語る、(2)科学的視点を持ち込む、というリッチの方法は、現代でも有効かもしれません。



本を読む

『天主実義』(マテオ・リッチ著 柴田篤訳注)
今週のカルテ
ジャンル宗教/思想/歴史
刊行年・舞台1603年/中国(明)
読後に一言日本でも韓国でも『天主実義』は読まれました。しかし日本でキリスト教は広まらず、韓国では受容する人々も現れた。このあたり、面白い謎が潜んでいそうです
効用西洋的思想と中国的思想がぶつかりあった、という意味で、本書は貴重な書だといえます。
印象深い一節

名言
白いものは黒いものに比べるとますます白く見え、光あるものは暗闇に比べるとますます光るものです。(第六篇「意志は無くすことができない…」)
類書リッチの伝記『マッテオ・リッチ伝(全3巻)』(東洋文庫 141 ほか)
新井白石と宣教師の対話『新訂西洋紀聞』(東洋文庫113)
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