1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
中国革命はなぜ起きたのか 日本人が分析するその実態 |
〈ヨーロッパ資本主義は、彼等の原始的植民地収奪法を中国および中国人に集中した。彼等は軍艦に商品と資本を積んで運んで来た。そして帰りに原料をさらって行った。支配階級のすべてが彼等の買辦(ばいべん)として働いた〉
1930年に刊行された本書の「序」にある言葉です。全世界的に格差が広がり、「資本主義は何なんだ」問題が解決できぬ今にあって、著者・鈴江言一の指摘は、腑に落ちるものがあります。
この中の「買弁(買辦)」とは、時代を映す言葉です。
〈(1)中国で外国資本と中国人とが取引きをする際、その仲介人となり、前者に従属しながら後者から中間搾取を行なった、中国の商人・商業資本。
(2)植民地・発展途上国などで、外国資本と結びついて利益を得、自国ないし自国民の利益を抑圧する土着の資本、または資本家〉(ジャパンナレッジ「日本国語大辞典」)
金儲けのためなら国だって売るぜ、というわけです。実際、本書刊行時(1930年)の中国では、外国企業8279社、従業員約36万人(同「ニッポニカ」「買弁」より)まで膨張。〈そのため、特定の個人を買弁とよぶかわりに、外国資本に従属する資本を買弁資本とよぶ習慣が生まれた〉。買弁は〈中国革命の打倒対象と認識〉(同前)されたのでした。
著者の鈴江言一は1919年、五・四運動最中に北京に渡ります。中国労働運動に関係し、武漢政府では客人待遇。中国名のペンネームをもち、革命に密接な関わりを持った日本人です。その鈴江が、当事者として、中国社会を冷静に分析したのが本書なのです。
印象批評ではなく、数字を元にしているだけに、時勢分析も確かです。1930年時点ですでに、〈(第一次)大戦後の中国における帝国主義の対立は、さらに第二次の大戦に向って、ゼネラル・クライシス〔全般的危機〕に向って、急速に展開しつつある〉と予測しています。また、実際に現場にいただけに、「若いインテリゲンチャ」の動向分析には特に唸らされました。〈「好」政府の実現と「好」民衆運動の出現〉を希望する層が〈絶対多数を占める〉というのは、今に通ずる話。
鈴江は〈42年治安維持法違反容疑で逮捕され〉(同「ニッポニカ」)、釈放されたものの1945年、病没します。革命の結果、買弁は消滅し、新しい中国が生まれましたが、鈴江が見ることはありませんでした。革命の結果をどうみるか。鈴江に聞いてみたいところですが。
ジャンル | 評論/ジャーナリズム |
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刊行年・舞台 | 1930年・中国 |
読後に一言 | 徹底して調べたことがわかる労作です。 |
効用 | 当時の人口統計や輸出入指数表、労働者数や労働組合法なども記載されており、記録としての資料性も高い。 |
印象深い一節 ・ 名言 | 帝国主義の植民地掠奪政策、軍閥の割拠政治、農村荒廃の慢性的昂進、中国産業の落伍、労働予備軍の無限性……こうしたものの結合のなかに、中国の労働者は彼等がなお職業を有する場合においてすらただ人間生活の最低限線上に生活することをのみ許されている。(「中国革命の階級対立2」第五章「労働者」) |
類書 | 著者とも交流があったマルクス主義者の評論『尾崎秀実時評集』(東洋文庫724) 中国革命運動に身を投じた宮崎滔天の半生『三十三年の夢』(東洋文庫100) |
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