1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
『太平記』の世界から見れば 頼朝&義時は大悪人!? |
江戸時代にはさまざまな商売がありましたが、「太平記読(たいへいきよみ)」もそのひとつです。
〈江戸時代前期に、主として『太平記評判秘伝理尽鈔』を読み聞かせることによって生計を立てた芸能者、またそのような芸能。講談の源流となった〉(ジャパンナレッジ「国史大辞典」)
『太平記評判秘伝理尽鈔』(別名『太平記秘伝理尽鈔』)とは、近世初期に成立したとされる、〈《太平記》の注釈・論評書〉(同「世界大百科事典」)のことです。これを読み聞かせることが商売になっていたくらいですから、理尽鈔が巷で人気となっていたことがわかります。
おおもとの『太平記』自体は、約50年間にわたる南北朝の争乱を描いた軍記物語ですが、〈15世紀末までは宮廷を中心にした狭い範囲でしか流布せず〉(同上)、その後、〈物語僧の語りによって民間に広められ〉ました(同「全文全訳古語辞典」)。理尽鈔などの「注釈書」が『太平記』を広める一端を担っていたといえるでしょう。
実はこの理尽鈔、本書第1巻には、源頼朝や北条時政・義時父子についての記述があります。しかもこれが結構ひどい。頼朝を〈不忠〉と糺し、平家討伐には〈道理〉がなく、頼朝の個人的な〈恨み〉だけだったと断罪します。さらに、頼朝政権に対して追い打ちをかけます。
〈君臣共に智浅くして、喩(たと)へんとするに物なし〉
「智浅くして」と貶めますが、政権の中心にあった時政・義時父子に関しても、直接的です。
〈我が身のためにして、君の為、国(ノ)為にあらざるが故に、善政には非ず〉
〈天下を奪ひ、我が一家の栄へん事を楽しみとす〉
『太平記』自体が、鎌倉幕府倒幕から始まる物語ですので、倒幕が正しかったと改めて述べる必要があったのでしょう。倒幕側をアゲるためには、源頼朝や北条時政・義時父子をサゲるのが簡単です。
理尽鈔にこうあります。
〈君と武臣の秩序の乱れは後白河院の頼朝褒賞の誤りに発する〉
『太平記』は、〈近世、封建秩序の安泰を期待する風潮にのって、曲亭馬琴らの読本に、講釈調の教訓や話題を提供した〉(同「ニッポニカ」)とのことですので、「親の因果が子に報う」的なことなのかもしれませんね。
ジャンル | 文学/歴史 |
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時代・舞台 | 16世紀末~17世紀初頭頃に成立/日本 |
読後に一言 | 楠木正成が活躍する本編は次回。 |
効用 | 全10巻のうち、5巻まで刊行。4巻まではジャパンナレッジで閲覧可。 |
印象深い一節 ・ 名言 | 君子に天の徳が欠ければ、帝位を保つことができず、臣下が地の道を踏み外せば、権勢ある地位をも保つことはできない。(「序」) |
類書 | 室町時代成立の軍記物語『義経記(全2巻)』(東洋文庫114、125) 職業「太平記読」を紹介する『人倫訓蒙図彙』(東洋文庫519) |
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(2024年5月時点)