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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 693

『通俗伊蘇普物語』(渡部温訳、谷川恵一解説)

2011/08/11
アイコン画像    文明開化の最中に訳された「イソップ物語」から、現代に通ずる教訓を読み解いてみる。

 こうもいろんな出来事が続くと、思考も身体も疲弊するばかりである。本当は、その「出来事」を自分に引き寄せて、ヒントなり教訓なりを引き出せればいいのだが、それはなかなかムズカシイ。だって「●●が悪い!」と文句をいって溜飲を下げた方が楽だから(かくいう私も、愚痴る側の一人である)。

 偉人といわれる人たちは、何の変哲もないことから、教訓以上の“真理”を発見する。ニュートンのリンゴしかり。坂道に蹴躓いて悟った禅僧もいる。

 ニュートンのように真理を発見できなくとも、日々のニュースから「教訓」を得る程度の自分でいたい。ではどうしたらいいか。スポーツでもそうだが、凡人がうまくなるには特訓あるのみである。同じように、教訓を引き出す練習をすればいいのではないだろうか。


 というわけで、“教訓を織り込んだ寓話”を読みこめばいい、という結論にたどり着いた。最も有名な寓話集といえば、B.C3世紀ごろにギリシャで成立した『イソップ物語』である。で、これを明治期に翻訳したのが『通俗伊蘇普物語』というわけなのだ。

 有名な「キツネと葡萄」。


 〈或日狐葡萄園(はたけ)にはいり。赤く熟せし葡萄の高き架(たな)より披離(すずなり)にさがりたるを見て。是は甘(うま)さうじやと。鼓舌(したうち)をして賞揚(ほめた)て。幾度となく躍上(とびあが)り踊上りたれどもとゞかず。そこで狐が怒(はら)を発て。「ヨシ。なんだこんなものを。葡萄はすッぱいぞ…〉


 ジャパンナレッジの「ランダムハウス英和大辞典」で、「grape」(ブドウ)を引いてみると、こんな慣用句が。

 〈sour grapes〉

 直訳すると「酸っぱいブドウ」。意味は「負け惜しみ」。〈イソップの寓話で,ブドウを取ろうとしたが手が届かなかったため、あれは酸っぱいと言ったキツネの話から〉こんな慣用句ができたそうだ。

 『通俗伊蘇普物語』では、痛烈なツッコミも加える。


〈なんでも手前勝手のものじゃ。自分の思ふ様になれば賞(ほめ)る。ならねば誹(そし)る。こゝが情(じょう)の私する処じやゆゑ常に戒めねばならぬぞ〉


 「負け惜しみ」ではなく、「自分勝手」という教訓を引き出しているところが面白い。あなたならば、イソップの寓話からどんな教訓を引き出すだろうか。

本を読む

『通俗伊蘇普物語』(渡部温訳、谷川恵一解説)
今週のカルテ
ジャンル説話
時代 ・ 舞台B.C.3世紀以前のギリシャ(明治時代の日本)
読後に一言少し賢くなった気がします。
効用いわば「教訓リテラシー(読解力)」といってもいい、人生のスキルが身につきます。
印象深い一節

名言
原書は欧羅巴諸州の今日に至れる開化を促したる教訓の一書なり(「東京日日新聞」に載せた広告文)
類書『荘子』や『列子』などから説話を集めた『中国古代寓話集』(東洋文庫109)
中世インドの説話集『鸚鵡七十話』(東洋文庫3)
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