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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 235|298|365

『モンゴル帝国史4、5、6』(ドーソン著 佐口透訳注)

2022/05/19
アイコン画像    侵略と権力闘争の歴史に
中東の複雑さを知る

 5月6日より映画『マイスモールランド』(川和田恵真監督)が公開されました。難民申請が認められず、在留資格を失ったクルド人家族の苦悩を丁寧に描いた素晴らしい映画です(出入国在留管理局の非道さは相変わらず)。主演の嵐莉菜は、父のイラン、イラク、ロシアの血、母のドイツ、日本の血を受け継ぐミックスで、そのことがさらなる意味を持たせています。そもそも民族とは何か、「~人」とは何か、ということを突きつけているからです。

 『モンゴル帝国史』の後半、4~6巻は、モンゴル帝国のひとつ、イル・カン国(イル・ハン国とも)の歴史を中心に描いています。イル・カン国は、〈チンギス=ハンの孫フラグ(本書ではフラーグ)がアッバース朝を倒し、イランの地を中心に建国〉(ジャパンナレッジ「デジタル大辞泉」「イル‐ハンこく【イルハン国】」の項)した国家で、本書によれば1258年の出来事です。


 〈(アッバース朝の首都)バグダードの掠奪は七日間続いたが、この期間にこの都市のイスラム寺院の大部分は焼き払われた。(中略)フラーグは都市がかれに所属することになったために、虐殺と劫掠を中止とする命令を布告した。フラーグはこれまでに八十万人を殺していた〉


 助かったのは隠れ家に潜んでいた少数の人々だけで、城の中に籠もった人々はことごとく虐殺されました。降伏しようとも、一度でも武器を取ったものは一般の民でも殺す。これがモンゴルの戦争でした。ちなみにフラーグ軍は、バグダードに攻め入る前、〈クルド人の山岳地帯へ侵入〉、これを攻略しています。〈現代世界で民族の自決、独立からとり残された地上最大の少数民族〉(同「ニッポニカ」「クルド」の項)の悲劇は、ここでも起こっていたのでした。

 イル・カン国の2代目アバカの動きは、「敵の敵は味方」を実証するものでした。アバカはエジプトやシリアを侵攻するのですが、キリスト教徒たるヨーロッパ諸国は、この惨劇を、〈欣喜の念をもって眺めていた〉のです。なぜか。異教徒(イスラム教徒)をモンゴル軍が攻め立てたからです(さて現代のヨーロッパ諸国は、非キリスト教の国が侵攻されたら、手を差し伸べるのでしょうか)。

 1335年、9代目のアブー・サイードが崩御します。彼に子はなく、「解説」によれば、〈これより、イル・カン国ではカン位をめぐる権力闘争が相つぎ、統一王国としての組織は急激に崩壊〉していきます。

 さまざまな民族が入り混じり、国が興っては倒れる。この歴史こそ、今に続く中東の複雑さを形作っているのでしょう。そのことを本書で学んだのでした。

本を読む

『モンゴル帝国史4、5、6』(ドーソン著 佐口透訳注)
今週のカルテ
ジャンル歴史
成立・舞台1200~1300年代のイラン、イラク、ウズベキスタン、トルクメニスタン、アフガニスタン、アゼルバイジャン、アルメニア、ジョージア、ロシア、ウクライナ、トルコ、レバノン、シリア、イスラエル、ヨルダン、エジプトなど
読後に一言歴史書という性格ゆえなのか、記述は、戦争と権力闘争が大半を占めます。見方を変えれば、1200~1300年代の世界は戦争の世紀だったのかもしれません。
効用当時の中東世界が垣間見えます。
印象深い一節

名言
〈もし、貴王(アブー・サイード)がわれらの最も親愛なるイエズス・キリストの子、フランク人の著名なる国王との友好を復活させれば、貴王は貴王の美点を極めるならん(教皇ヨハネス22世からアブー・サイードへの親書、第七篇「第四章」)
類書14世紀初頭のイスラム君主論&王朝史『アルファフリー(全2巻)』(東洋文庫729、730)
14世紀の中東などを旅した『大旅行記(全8巻)』(東洋文庫601ほか)
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